過去の会報から
旅のチェス 森 武徳


中国

象棋はかなり流行っているらしい。どこへ行っても公園や路上、店の前などで"打っ てる"のをよく見る(中国では"指す"とは言わない。囲碁も象棋も"打”読みはタァ)。朝 の山の手線の三倍は混んでるような列車の中でもやったりする。人民のタフさ、エネル ギーは凄まじい。好きか否かに関らずほとんどの男たちは打ち方がわかってる。ポケッ ト盤を一つ持ってれば、バスの中やホテルで一緒になった人民と遊べる。道場は見たこ とがない。が、路上にいつも大きな盤を並べて商売やっとるオジちゃん、オバちゃん達 がいる。客同士で打たせて一局五毛ぐらい。客が余ってればモチロン相手をする。
〜マナー〜

・駒をグゥギッ、ゴォギャと叩きつける。わし掴み、オーバーアクションで。

・王手のときは「ジャンチー!」ポカしたときは「アイヤー!」と叫ぶ。

・終わったら笑顔で「好了(ハオラ)」や「謝謝」と言って握手。

時々道端で大道象棋やっとるオッさんがいる。二〜三の盤に局面を作って「打!打! 」と客寄せに叫ぶ。詰象棋ではなく、客が先手で勝ちきればいい。しかし、パッと見て 寄ると思ってもワナがあってなかなか勝てない。大抵負かされる。絶対に客が勝てない 局面も混ぜてある。やじ馬が多くても手を出さないのはそのことが分かってるからだろ う。一回挑戦したが苦もなくヒネられた。

チェスは国際象棋と呼ばれる。しかし人民がやってるのを一度も見とらん。デパート に行けば大抵セットは売ってるのだが。初めて見たのはシルクロードのクチャ。路上で ウイグル人のじいさんが盤を並べて、客が数人集まってた。全員ウイグル人、久し振り のプレイは嬉しくてたまらんかった。彼らはチェスを「シャフマット」と呼ぶ。ロシア と同じ。「シャフ」或は「シャー」は王の意。王手のときも「シャー」と叫ぶ。「マッ ト」はモチロンメイトのこと。ルールも地方的なものはなく完全に国際式。キャスリン グを「ラグロップ」というのだが「パイルダーオン!」の様な響きが有り、なんとなく カッコイイ。クチャには二週間いて毎日プレイした。昼から夜の8〜9時まで。終わる と友達になった奴がビールや飯をおごってくれることもあった。土造の家に招待された ときは内が華やかに飾ってあって外見とのギャップに驚いた。

クチャの後カシュガルへ。ここまで来れば中国も終わりに近い。少し西に行けばタシ ュクルガン。そしてフンジェラブ峠を越えればパキスタンなのだ。実はこのシルクロー ド最大の街を一日で抜けるつもりだったのだが、道が壊れていたことと雪のために三週 間も足止めをくらってしまった。でも良かった。ここはチェスでもシルクロード最大だ ったのだから。カシュガルの南にある人民公園、その前には人民広場。広い道を挟んで 向こう側には巨大な毛沢東が片手を上げてその存在を主張している。

そして広場の脇の木陰の中にあった光景。20以上のボード、どれもがプレイヤーと ヤジ馬で埋まってる。喧騒と熱気で圧される。まさしくチェス天国。レベルもかなり高 く、この旅で見て来た中で最高。しかしギャラリーのウルサさも最高だった。とにかく ウイグルというのは派手好き、騒ぎ好きなのだ。女性の姿なんか凄い。フリル、スカー フ、スパンコール、タイツなど原色のコンビネーション。それにラメも混ぜたりして。 目立ってナンボの彼女達、ホンマにムスリムかいな。

少し脱線した。白熱のゲーム、勝負所でじっと考えるプレイヤー。この様なとき、周 りでは議論百出、アアダ、コウダ、イヤ違ウ、ソウダ、ダメダ、結局ナンダ、黙ってる のが苦手らしい。興奮したジイさんなんか勝手にピース動かしちゃって。でも本当に気 のイイ奴らなのだ。機会を作ってまた行こうと思っている。数千年の歴史と伝統を持つ ハミ瓜(メロン)もブドウも食べてないし。次は絶対夏だ。


パキスタン

ウイグルが相当やるのでムスリムはみんなチェスが好きなのだろう、と勝手に期待し たがさにあらず。ハッキリ言ってオソマツ。この、チェス発祥の地から独立した国では 超がつくほどマイナーなゲームなのだ、チェスは。時々チェスボードをみかけても、や っているのはチェッカー。一人で駒を並べてると、パキ人が集まって来て「サア、オレ とやろう!」と言われることもある。そして始まるゲームは必ずチェッカーなのだ。マ ァ、イイカーと付き合うのだが、あまり強いのは居ないのか、自分はビギナーだったの だが勝ちの方が多かった。

パキ人と本格的なチェスを戦うのはほとんど諦めていたのだが、山の街道沿いに広が るチトラールという街で発見したのだ、チェスクラブを。そこは小さなホテル、チナー ル・インの敷地にある平屋。ひっそりとした空気の中、数人の男達がプレイしていた。 早速プレイ。最初の相手に3タテで勝ったのだが、次の奴が強かった。凄いアグレッシ ブ、完全なアタッカーだ。粗さもあって序盤で有利になることもあったが、中終盤のね じり合いでやられてしまった。トータルで0.5−4.5三回以上やって勝てなかったのはこ いつだけ。彼の名はマンタ・アリシュ(20)、医者を目指す学生だ。この国でこんな に強い相手に会えて正直驚いた。

見直したぜ、パキスタン。

いつ帰れるか分からんけど大島の合宿には出れるかもしれん。朝霞のみんなに宜しく !
平成九年二月十六日 カルカッタにて

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最終更新日: 1997年05月10日