実録・連合赤軍−あさま山荘への道程

 40代以上の人なら誰もが脳裏に焼きついているだろう、あの延々と毎日同じ映像が流され続けた浅間 山荘事件のニュース。全共闘時代の終息を告げる象徴的な事件でした。この作品は始めてアレに対する「何故?」「どう なってたんだ?」と言う疑問に克明な解答を与えてくれました。

 ちょっとコレは個人的にも感慨深いんですよ。実は以前連合赤軍事件を芝居にしようと言う話があって(何と無謀な!) 当事者たちが書いた「16の墓標」や「兵士たちの連合赤軍」と言った出版されてる本を随分読んだのですが、 幾ら読んでも当事者たちの実感が得られない。事実の変遷は分かっても、当事者たちが「何 故やったのか」と言う心情的な部分が全く理解出来ないので、とても台本を書くには至らなかった。と言うより正直な ところ余りの 凄絶さに日和ったと言う方が正しいかな、って言うか出来るわけ無いですよね(笑)。

 そもそも平和ボケして育って来た 僕等の世代には、全共闘と言う物が何だったのかなんて、理解出来る訳ないんです。分からないだけに 一層のめり込んでいろいろと読んだり見たりしたのだけれど、どんな著作物を読んでみても「全共闘と連合赤軍事 件とは何か」と言う問いに心情的な理解を得られる本は無かった。

 2001〜2年に「突入せよ! 浅間山荘事件」と「光の雨」と言う映画が公開されましたけど、浅間山荘 事件を警察側から扱った「突入せよ! 浅間山荘事件」は全く面白く無かった。過激派側から描いた「光の雨」は遂に 出来たか、と期待させる作品でしたが、内容は劇中映画の撮影で役者たちが当事者たちを演じると言う屈曲した構成の せいか、靴の上から足を掻いている様な印象で、もどかしく食い足りなさを感じたし、そこで描かれた革命闘士たちの 印象からは後に繋がる浅間山荘の銃撃戦の映像と全く結び付かなかった。

 そもそも連合赤軍を映画化するのなら、警察側の「突入せよ!」はともかく、過激派側の視点で描くなら 一番に思い浮かぶのは若松孝二監督でしたよ。最初はポルノ映画の 巨匠として台頭し、徹底した反体制映画で全共闘世代のヒーローだった人でしょう。勿論僕等が知ったのはそうした時代 の後のことだけれど、今観ても「犯された白衣」や「天使の恍惚」「餌食」「復讐鬼」等々、低予算だけれど笑っちゃうく らい過激で面白さに満ちていた。異端の映画監督としてカッコ良かったですよ。若松監督が書いた「映画監督に なるには」って本や、タイトルがカッコ良い自伝「俺は手を汚す」とか学生の頃夢中になって読みましたね。 だから2001年に連合赤軍を映画化すると聞いた時、何故若松監督がやらないんだろう、と思っていた。

 その彼が70歳を超えて! 遂に全共闘の真髄に迫る「連合赤軍」をやろうってんだから、遂に真打ち登場か! って期 待が高まりましたねぇ。それにしても若松監督でさえ、コレをやるまでに36年も時が経過しているなんて、それだけ事件の重大性と真実の奥深さを物語っているのでしょうか。

 一度和光大学の学際でゲストに来ていた若松監督を間近で拝見したことがあるんですけど、監督が登場する前は 「あんな過激でショッキングな作品群を作る監督って、一体どんな強面の人なんだろう……」と客席の一番前でビビ ッてたんですが(笑)登場した監督はちょっと小柄で温厚なおじさんと言う感じで、何より話を聞いていると、反体 制のヒーローとか活動家と言う前に「ホントの映画人」と言う印象だった。便所で並んで小便したことはオレの記憶に 残る財産です。

 映画の導入部は学生運動の起こりから、全国に広がって行った変遷を、当時のニュースフィルムを交えながら追って行くことで、一時は世論を二分する程の支持を得ていた全共闘運動が背景にあったからこそ、あそこまで暴走してしまう精鋭たちが生まれたのだと言う流れに必然性がある。映画が進行するに連れて、遠山美枝子 重信房子 森恒夫 永田洋子 坂東國男 植垣康博 大槻節子、等々……あの頃読んだ本に登場した懐かしい人物名が続々と登場します。

 やがて全共闘運動は過激路線に走るにつれて大衆の支持を得られなくなり、中心部で活動していた彼等は次第に地下活動(非合法活動)に入らざるを得なくなる。そして誰にも見つからない冬の山中へと入って行く。そして外界から隔絶された山小屋の中で「総括」と言う名のリンチが始まる。当事者たちの書いた本を読んでいただけでは 「何でこうなるんだ?」と言う疑問からどうしても放れられなかったのに、この映画は「ああ、この場にいたら逃げられな いのも無理もないな」と言う空気が理屈を超えた実感として迫って来た。

 「光の雨」で永田洋子を演じた裕木奈江さんも不気味な迫力があって真に迫っていると思ったけれど、本作の永田洋子は兵士たちに対する冷徹な仕打ちの裏に、本人に潜むコンプレックスを感じさせて見事だった「光の雨」でやはり中心人物である森恒夫を演じた山本太郎さんは竹を割った様にスパッとしすぎていて、違和感があったけど、今作の森恒夫には、最早自分の屈折にも気付けない程に暴走している激しさがあって、一本調子で革命論を捲くし立てて兵士を追い詰め る様は「ああこう言うヤツって本当にいるよなぁ」と思わせてリアルに恐い。

 その場にいた者だけが知っている空気を、観客も感じることが出来るまで再現し切っている描写は素晴らしい。 いくら当事者たちの著作物を読んでも、話を聞いても、その場の空気までを窺い知ることは出来ない。でも 良く出来た映画にはそれが出来る。現実と言う物の凄みを体感することが出来るのだ。 ふと昔宗教団体の集会に参加した時のことを思い出した。皆が同じ方向を向いていることにとても違和感を感じたけれど、そこに いる人にはそれを話せなかった。もし彼等が暴力を肯定する団体だったらオレもこの映画と同じ目に合っていたかもし れない。と思うと身の毛もよだちますね。

 そして後半、昔から何度も当時のニュースフィルムで窓からライフルを出して発砲する過激派の姿と、 クレーンに吊るされた鉄球が山荘にぶっつけられるシーンを見て 来たけれど、あの時山荘の中では一体どんな状況だったのか。その壮絶な状況が克明に描写される様は圧巻でした。

 この作品は始めて連合赤軍事件について、観客が一番知りたかったこと、見たかったところ=目を背けたくなるところ、に真撃にカメラを向けて、余すことなく鮮明に見せてくれました。 そして山小屋での一連のリンチ殺人と、浅間山荘での銃撃戦との繋がり…… 仲間への凄惨な粛清の中で失いかけていた自分たちの本当の意思を、警官隊との戦闘に突入することで一気に取り返すがごとく 銃を乱射する闘士たち。そうだったのか! 外部との接触を絶たれた雪山の中で、ぶつける敵を失ったエネルギーが、屈 折して仲間への批判と言う形で暴走させてしまい、何人もの仲間を殺した。その鬱積した思いが、警察と言う敵を得たこ とで爆発的に燃えた。警察と戦争することで、多くの仲間たちを犠牲にしたことも意味があったと納得することが出来る。

 始めて分かりましたよ、連合赤軍と言ったって、あんな普通の兄ちゃんたちが集まって山小屋で適当な 訓練なんかやったって何が「軍」だ、なにが「兵士」だと思ってましたけど、 始めて彼等の気持ちが伝わって来ました。彼等は本当に本気で兵士として、戦争をしていたんですね。

 オレはよく「史実に忠実な映画程詰まらない」って言ってるんですけど、コレは史実を踏まえつつしっかりと監督の視点や 思いが貫かれている。史実と言う前提にフィクションを加えることで倍返しの迫力を生み出しているんですね。

 若松監督は反体制のヒーローだけど、その前にやっぱり作家なんですよ。例えば自らクリスチャンであり ながら、信仰者を客観的に見ることで真実を表現した遠藤周作みたいなスタンスでしょうか。あのラスト、闘士の中で 唯一未成年者だった少年の叫びは当初の台本になく、現場で監督が2日前に思いついたらしいですけど、この台詞で 全ての事象を監督が斬っているところは、凄いですよ。長いキャリアの中で何十本もの映画を作って来た監督にしか 出来ない職人芸ですね。編集も自ら行ったそうです。カメラが回り続けている限り続く役者の芝居の余韻を活かすことで 醸し出される独特のリズム。昔から見て来た若松作品のリズムが甦ります。そして昔のポルノ時代から培って来た ショッキングな描写、この激烈な残酷描写はどうだ!

 若松監督は本作の為に私財を投げ打って制作費を調達し、浅間山荘の内部の撮影は何と自分の別荘で 行ない、建物が外から壊されるシーンでは本当に壊しちゃったんだって! う〜何と言う執念、何と言うマジ! そこま でして、映画の達人が本腰を入れて作り上げた作品の物凄さを見よ! 

 上映前の休憩時間に流されていた当時のデモ隊と警官隊との衝突映像を見ると、やはり実際の映像には凄い迫力があって、コレを見てしまうとどんなフィクションも敵わない、本編も吹き飛んでしまうかな……なんて考えてたんだけど、それがどーして! 半フィクションだからこそ出来る、人間の真実まで見事にえぐり出した何と見事な映画でしょう。3時間10分! 片時も時間なんか気になりませんでした。

 観客をグゥの根も出ない程に捻じ伏せる力を持った作品ですね。長年思っていた連合赤軍〜浅間山荘へのモヤモヤした疑問に、理屈では説明出来ない、その場の空気を再現することであり余る程の解答を与えてくれました。 コレがあるから映画ファンは辞められません。

 テアトル新宿を出てからすぐに電車に乗る気になれなくて、暫く夜の新宿をボ〜と歩いてしまった。 この作品はベルリン映画祭で、国際芸術映画評論連盟賞と最優秀アジア映画賞をダブル受賞したそうですけど、 日本の映画界もこう言う作品をもっと評価しましょうよ〜坂井真紀さんに主演女優賞、若松孝二さんに監督賞をあげて下 さいよ〜。

 コレ上映時間が長い関係か、料金が2000円(金券屋で前売り券買うと1500円)もしましたけど、こんな凄い物 が見られるなら何万円払ったって惜しくないです。オレみたいな映画好きが何故映画好きなのか「ただの映画」じゃ割り切れないこんな凄いのがたまに見られるから辞められないんですよ。



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