「グラン・トリノ」
近頃のイーストウッド監督作品はヘビー過ぎて暗鬱な気持ちになるから嫌いだと言う向きも
あるけれど、「ミスティック・リバー」も「ミリオンダラー・ベイビー」も「硫黄島」2部作も「チェンジ
リング」もオレ的にゃ心地良い重さだったので、それも魅力として観ていた。
監督作の中では「許されざる者」がダントツに好きだ。でも本作がアメリカでキャリア中最大
の興行収入を上げていると聞いて、ベストワンの座が取って代わられるかと思いきや、もう「
許されざる者」を思う度に後にコレが来るのか……と複雑な心境を残してしまいますねぇ。
オレよく「スクリーンに逃げ込め」って言うんだけど、何か心にモヤモヤとか詰まらない機運に
浸されてる時やストレスが溜まってる時なんかに、そんな気分を晴らしてくれそうな映画を選
んで行ったりしますよね、映画好きなら大体どの監督はどんな作品を作るのか分かって
るので、食べたい料理を選んで行くみたいなとこあるじゃないですか。
そこでなんだかいろいろと私生活が逡巡している(謎)し、ここいらでイーストウッド兄貴
の強烈な美学に溢れた活を入れて貰おうと、気心の知れたイーストウッド兄貴の作品に
身を委ねようと。きっと何もかも吹っ飛ばして男の美学に酔いしれさせてくれるだろ
うと期待して行った訳ですよ。
そしたらやっぱし。ど〜ですかこのゴキゲンな前半は! 監督としてスターとしての自分の
魅力を知り尽くしてのキャラクター作りにはもう本当に気持ち良くって涙が出るくらいだ。
どんなガンコ爺さんでもイーストウッドがやると魅力的に映ってしまうところがやはりスターな
んでしょうねぇ。って言うか逆にガンコにやればやる程爽快なのが凄い(笑)。
この絶妙な会話! 犬猿の仲になってる息子たちや周囲に住む移住民たちとのガンコじじいな
受け答えのなんと痛快で愉快なことよ! もうオープニングの奥さんの葬式でチャラチャラした孫
たちを見て苦虫を噛み潰した様な顔してるのが楽しくってウキウキしてきた(笑)特に床屋とのそ
れは最高ですねぇ。
オレ「グラン・トリノ」の ”グラン” は ”グランパ” のグランだと思ってたので、トリノと言う名の爺
さんの話なのかと思いきや、イーストウッドはコワルスキーと言う名前で、グラン・トリノとは自分
が長年勤めた工場で作り、生涯大事にして来たピカピカのビンテージカーのことだったんですね
ぇ。日本車に乗る息子のことを「何で自国の車を買わねぇんだ」って揶揄してもイーストウッドが言
うと不快にもなりません。
今年で79歳だって! 見ていると本当に変わらなくって、まさしくダーティハリーがそのまま爺
さんになりましたと言う感じだ(笑)60〜70年代の映画で育った男の子たちにとって、イーストウ
ッドは何十年も男の生き方の1つの指標だった。たかが映画だけれど、ファンにとっては長年の
思いと言う物がありますよね。
しかしてあのラストですよ! あのストーリーの流れからしてイーストウッドともあろう者が泣き
寝入りする訳ゃないだろうとは思ってたけど、どうするんだろう……と思った。一人で全部やっつ
けて玉砕するのかな……とか考えていた。そしたらアレですよ……。
そう言えば本人はかなりの嫌煙家なのにここまでタバコを強調するのは何か大事な伏線なの
かな、と思ってたけど。そ〜れがアナタ、まさかの第三の選択。そりゃシナリオとしてはサプライ
ズでやられた感はあるけれど、今回はそれよりも何よりも喪失感の方が強くって。呆然としてしま
った。
内容がどうだって言うよりも、コレがイーストウッド劇場の終演なのかと思うと、長年指標にして
来たヒーローを失ってしまった気持ちです。もうマグナム持ってダーティーハリーごっこをしようと
言う気にゃなりませんね。
だって今までは徹底した暴力肯定で、何があろうと最後は悪い奴を必ずやっつけて、絶対許さな
かったでしょ。「許されざる者」だって過去に自分が殺して来た相手を思って熱に魘されたりもした
けれど、それでもやっぱり「許せない奴は許せない」ってやっつけたじゃないか! だ〜から素晴
らしかったのに。今回もきっと最後にゃロケットランチャーでも出して家ごと吹っ飛ばすのかと思っ
てた。
ある意味ご本人の訃報を聞くよりもショックですね。だって生きてたってどうせ本人に会える機
会なんて一生無いんですから。小学生の頃からずっとヒーローでした。こう言う喪失感もあ
るもんなんだな、と思って、映画館出てから呆然と歩いてしまった。