「硫黄島からの手紙」
この映画はアメリカ人が作ったハリウッド映画であると言う前提をよく考慮して見ないと全く面白
く無いかもしれません。
リアルな戦争描写は激しく淡々と続くけど、特にドラマを盛り上げようと言うような人物設定の仕
込みも劇的な展開も無い、そりゃ事実を元にしてるからそれ程思いきったことは出来ないかもだ
けど、それを抜きにしても敢えて作者はこうした作りに持って行っているのだと思う。
批判的な批評を読むとその辺が「浅くて面白くない」と判断している様だけれど、オレに言わせ
ればそれもこれも考えに考え抜いて吟味した結果、こう言う作りにしたのではないかと思う。
あと言われてるのは戦争映画として陳腐だとか、日本人が皆ステロタイプだとかってことですけ
ど、オレはあくまでもこれがハリウッド映画であると言う前提で全く新しいと感じましたね。アメリカ
人が作った日本映画ですって? オレが感じたのは全く逆でしたね、字幕や吹き替えなしに見ら
れるハリウッド映画を見たのは始めてでしたよ。
俳優が日本人と言うだけで、カット割りも音楽の入れ方も、なによりフィルムの色感が完全なハ
リウッドスタイルじゃないですか! コレは興奮しましたよ。
オレ昔から映画のあるべき究極の理想タイプとして「文化人類学的映画」なんて言うのを提唱し
てるんだけど、それは言葉も国籍も違うそれぞれに専門分野を持ったスタッフたちが集まって人
類の歴史に残る出来事を共同で作る映画のこと。
例えば昔ノーベル賞にノミネートされたロシア文学を英語のセリフでイギリス人が監督した「ドクト
ル・ジバゴ」と言う作品。
中国の清国最後の皇帝が運命に翻弄される「ラスト・エンペラー」はセリフは英語、キャストは中
国人や日本人で監督はイタリア人でした。これ等の作品についても勿論賛否あるでしょうけど、オ
レは国境を超えて人類が心のレベルで理解を分かち合う可能性に感動するんですよね。
勿論中国人が「ラスト・エンペラー」を見ればおかしなところが沢山あるでしょう、そもそも皆が英
語喋ってる時点でおかしいのだし、「ドクトル・ジバゴ」も同じでしょう。それに比べれば今回の「硫
黄島からの手紙」はそのまま日本語でやっていると言うことも新しいですよ。
でもやっぱり主演陣はともかく脇の俳優やその他群集シーン等で誰かが呟くセリフがとっても場
にそぐわなくっておかしかったり違和感を覚えたりするところもありましたけど、それとてもきっと中
国人が「ラスト・エンペラー」を見たりロシア人が「ドクトル・ジバゴ」を見ておかしく感じたりする程に
はおかしく無かったんじゃないかな。
と言うより正面からここまでちゃんと日本人を描けた海外の作品なんてあったでしょうか? 勿論
ちゃんと描けたから作品が良いと言うことにはなりませんけど。
あと賛否が分かれるのは渡辺兼さんや伊原剛志さんでなく実は全く主役であった二宮和也さん
の存在でしょう。
言動や性格が全く日本人ではない、あれはアメリカ人ですね。その違和感をどう見
るかでこの作品の評価は大きく分かれるところだと思う。
これはアメリカ映画なんだから、製作者から見ればアメリカで受けなければ話にならないんですよ。
それこそ「トラ・トラ・トラ」みたく日本でだけ大ヒットしたところで全く元が取れない訳です。だから日
本軍の物語でもアメリカ人が見て感情移入しなければならない、その橋渡しの役目を担っているの
が二宮さんが演じたパン屋の下級兵士の目線なんですね。
さもありなんな直情型の日本の兵隊さんではアメリカ人が見ても共感出来ないじゃないですか。あ
の役は「プラトーン」のチャーリー・シーンみたいな役どころであり、彼の目線を通して観客は硫黄島
の戦闘を体験し、栗林中将や修羅場の中で散って行く兵士の姿を目撃する訳です。
その他はクリント・イーストウッドの冷徹な眼差しを感じさせながらもしっかりとある「作意」が全体
として素晴らしい映画の美学で作り上げられていたとオレは感じましたよ。
何よりアメリカとか日本とかってことではなく、あくまでこの映画の登場人物としてその心情に乗っ
取って描き切っていることが凄いし新しいモノを見てる気がした。
それに日本人としてはアメリカ人が作ったことによって戦争の事実を一歩引いた違う立場から俯
瞰して眺めるとこんな風に見えるのか……と言う視点も見せて貰った気がする。
日本人が作ればきっともっと悲しい悲しい可哀相な可哀相な持って行き方になっていたでしょうか
らね、渡辺兼さんはやはり「ラストサムライ」な印象があってラストシーンとかかなり被っていましたけ
ど、やはりこの映画も「滅びの美学」的な印象が強かったですね。
所謂「玉砕」と言う発想はアメリカ人にもありますからね、昔「アラモ」なんて映画もありましたし「ワ
イルドバンチ」と言う詩情溢れる玉砕映画もありました。
そんな映画を引き合いに出してまとめてしまっては怒られそうですけど、この映画、オレは本当に
美しかったと思いますよ。映画としての構造は前出の「父親たちの星条旗」の方が遥かにジャーナ
リスティックで高尚な感がありましたけど、コレはもう同じ戦闘を扱っていると言うだけで全くの別物と
観た方が良いのではないかな。
同じ事実を扱いながらここまで視点もテイストも違う作品を同時に作ってしまうなんて、やっぱしイ
ーストウッドって凄いですね。オレは映画のテイストはこちらの「硫黄島」の方がずっと好きです。日本
人だからと言うことを抜きにしても、やはり勝つ方よりも負けて死んで行く側の方により引き込まれて
観てしまうのかもしれませんね。
あと私生活でもいろいろとお騒がせの中村獅童さんの役は、アレはギャグと取って良いんですか
ね? オレ役者としてあの顔つきが凄く良いと思うんですけど、イーストウッド監督はNHKの大
河「新撰組」での獅童さん観てキャスティングしたんですかね、スペシャルドラマで小野田少尉を演じた
時なんて素晴らしかったんですけどね。私生活で何があったって、映画ファンとしては良い作品さえ観
せてくれればそれは好きな役者さんですから、応援していますよ。
そんな訳でオレはこんな風にこの作品を観ました。イーストウッド監督作品はいつもそうなんですけ
ど、ラストの余韻が長く長く、エンドロールが始まるとウワッと涙が溢れて来るんですよね。本作は素
晴らしかったと思いますよ。