「キャタピラー」
前作の「連合赤軍」ですっかり巨匠の感が出来上がった我等が若松考二監督最新作!
寺島しのぶさんがベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したことでも話題の作品。
映画館には一人で観に来ている女性の姿が多く見受けられた。かつてエロと暴力の魔窟の様な
映画を量産していた若松監督なのに、時代は変れば変る物だと思いますねぇ。
しかしてこの手堅い作り! 映画作りの基本に沿った作りというか、映画のお手本という
か、主人公の心の動きが手に取る様に分かる心地よさよ。
深作欣二やクロサワ、スピルバーグやイーストウッドもそうだけど、娯楽作品を極めた監督と
いうのはみんな巨匠と呼ばれる監督へと昇華する図式なんでしょうか。
面白さを追求していくうちに自ずと一流の作品を作る技量を身につけるものなのなのかも
しれませんね。
この物語って設定がまんま江戸川乱歩の「芋虫」じゃんと思っていたら、実はやっぱりそう
なんですね。
何か法律上の問題? とかで原作者である乱歩の名前はクレジットされなかったのだとか。
乱歩の原作は多分に怪奇趣味だったのに対して、若松監督の古くからの盟友である出口出の
脚本はかつての「餌食」や「復讐鬼」を思わせるビビットな反体制精神に乗っ取っている。
若松監督はこ〜の四股のない夫と妻の古い家屋の中での性描写を、かつての若松節たる「犯さ
れた白衣」や「壁の中の秘事」の様なエゲツなさで見事に活写しています。
作品の完成度にはやはり寺島さんにおんぶする割合が大きかったですね。
よくもこんなに高いハードルを設定されながら真っ向からぶつかっていくものだと、女優
魂に圧倒されました。主演女優賞にも頷けるものがあると思いましたねぇ。
何と言ってもこ〜のお尻っ! こんな言い方をしては失礼だけれど、美人とか、顔形が整っていれば色っ
ぽいかといえばそんなことはないという見本ではないかな。
こ〜の寺島さんのお尻の自己主張を見よ! そしてこのお尻にはかつてピンクの巨匠と呼
ばれた若松監督の面目躍如たるものも感じられる。
お国の為に名誉の負傷をして四股を失い、村の人々から軍神様と崇め奉られている夫だけれど、
自分では喋ることも出来ない。うなり声を上げ、文字通り「食べて寝てセックスする」だけ。
この人間の最終的な欲望だけが残った根源的な姿と、キラ星の様な勲章を貰い、軍神と崇める
村人たちの空々しさとのコントラストが戦争の欺瞞を浮かび上がらせてくると、言い知れぬ映画
的興奮が沸き上がってくる。
でも最初の寺島しのぶの「軍神って何なのよ! 食べて、寝るだけじゃない!」という悲
痛な叫びがマックスで、作品の構図が露出した後にまた反復されて数回出てくる号泣シーン
には、もう陰惨たる気分だけになってしまう。
そこまで執拗に描写しなくては戦争の悲惨さを伝え切れないという意図なのかもしれないけれど。
あとこの四股を失った夫の人物像をもう少し掘り下げて欲しかったかな。
軍神と崇められていることと、戦場で敵国の女性を犯したという自らの行為の罪悪感に苛まれて
いることに統一感が無いのと、四股を失うに至った状況がどうだったのか、本当に勇敢に戦った
結果なのか、がハッキリしないのがもどかしかった。
ラスト原爆のキノコ雲をバックに犠牲者の数をテロップで出すというのはもう数え切れないく
らい見てきた絵面だし、60〜70年代の反戦映画を思い出して懐かしい? というよりは野暮
な感じがしてしまった。
本作の場合はこの夫婦の心情に焦点を絞った方がむしろ反戦というテーマも浮かび上がったの
ではないかな。
とはいえ達人が作った極上のグルメですよ! まだまだずっと長生きして一本でも多く美味しい
ご馳走を食べさせて欲しいものですね。