「ミリオンダラー・ベイビー」
いや〜御馳走です。「マディソン郡の橋」〜「ゆるされざる者」〜「ミスティック・リバー」 そして最近では例の
硫黄島二部作〜「チェンジリング」〜「グラントリノ」〜「負けざる者たち」 とクリント・イーストウッドは堂々たる
第一級の映画監督になってしまいましたね。
本作品では役者としての存在感もたっぷりと見せ付けてくれました。まるで後悔が服を着て歩いてるかの
様な哀愁。「スクラップ」と呼ばれる片目が失明している元ボクサーのモーガン・フリーマンとのやりとりに垣
間見せる軋轢を超えた二人の年月と友情。そんな中見つける暗い中ひとりジムに残ってひたむきにサンド
バックを叩く貧しい女ボクサーのシルエット……もうのっけから映画の心地よさ爆発!
いつまでも終わって欲しくない、ずっと続いて観ていたいと思う映画を作れる監督はそういない。かつてマ
カロニウエスタンから始まってB級と言われるアクションを極めた、言わば「観客を楽しませる」ことに主眼を
置いた作品を作り続けて来たからこそ作れる見応えなのか。
この老トレーナーと老元ボクサーとハングリー女ボクサーの関係が映画の面白さに満ちている。オープニ
ングから5分と経たないうちにイーストウドにトレーナーになってくれとヒラリー・スワンクが頼む展開の早さ、
紹介の早さ。そして片時も退屈させない構成の描写の巧みさはどうだ!
しかしこの作品、観る前から評判はたくさん耳に入ってて、でも予備知識は女性ボクサーをイーストウッド
のトレーナーが教える……くらいしか知らずに観たので途中あんな展開になるとは思いもよらず、ビックラこ
きましたねぇ……良くも悪くもショックでした。
でも結果的には久し振りに波乱の物語を体験させて貰ったと言う感じでした。映画はやっぱりストーリー
なんですかねぇ。
そしてラスト、映画が終わっていつまでも続くこの余韻の深さはどうですか。最後に黙って姿を消したイー
ストウッド、そして娘に手紙を送っても送っても差し戻されてしまうのは何故なのか?
どんな娘で何があったのかはついに最後まで語られずじまい、だからこそ言い知れぬ余韻を残すラスト。
何と言うワビサビの深さ。いつまでも暗い映画館の中で余韻に浸っていたかった。延々と続くエンドクレジッ
トが短すぎると感じたくらいだ。
それにしてもイーストウッドと言えばハリウッドの歴史の中で間違いなく一番成功した俳優でしょう。しかし
昨今の監督作品を見ていると、この辛気臭さ、この果てしなく悲嘆な内容はどうしてなんだろう?
何処かで読んだ文句だけれど 「人は皆老人になるとまるでふるいにかけた砂に残る小石の様に後悔を
残して行くものなんだろうか……」 イーストウッドの偉大なる成功の影にどんな人生の悔恨があるのだろう
。なぁんて考えてしまう。
かつての様な勧善懲悪でスカッとするヒーロー物はもう観れないかな……と考えてみたら、今回のイース
トウッドにも意外に 「荒野の用心棒」 「ダーティー・ハリー」 に共通するキャラ像があるのだ。それはどちらも
寡黙で自分の中の正義に従って行動すると言うこと、そしてガンコなこと。それと後悔の念もチラリとだけど
あったのだ。
ちょっとマニアックな話だけれど 「荒野の用心棒」 では悪親分に博打で取られた女房を亭主に取り返して
やった時 「なんでそんなことするんだ?」 と問われ 「昔似た様な女がいたが誰も守ってやらなかった」 と応
えてる。オリジナル 「用心棒」 の三十郎には微塵もない感傷がジョーにはあった。
そして 「ダーティー・ハリー」 にも実は以前に結婚していて妻を殺された過去がある。
そしてヒーローはやるべきことをやった後、黙って何処へともなく去って行く。やはりイーストウッドの原点は
今も彼のDNAに刻み込まれてるのかもしれませんねぇ。
いや〜堪能しました。美味しかったです〜御馳走様と言う感じ。