「聖の青春」

 ライバル同士がひとつの競技に没頭し、彼等にしか分からない深みの境地にはまって行く……という趣向は卓球の「ピンポン」や素潜りの「グレート・ブルー」とかあったけど、全く絵面の動かない将棋という素材でそのテイストを表現したのは見事でした。

 まだ20代なのに余命幾ばくもないと医者に宣告され「女も抱いたことがない」という主人公、何故死ななければならないのか、生きてきた理由は将棋しかない。

 そんな宿命に追い詰められた主人公の佇まいを、体重を増やすというデニーロ・アプローチで見事に体現した松山ケンイチさんはアカデミー賞ですね。

 宿命のライバル羽生名人の描き方も素晴らしい。ひょうひょうとしていながら勝負に掛かるとギラリと変わる目つき、対局の後二人で人知れず居酒屋へ行き、和んで飲んでる恋人同士の様な初々しさと「君に負けたことが死にたいほど悔しい」というビビットなひとこと!

 主人公の境遇や二人のやり取りから、将棋のルールを知らなくてもスリリングな勝負の厳しさや主人公の生きる刹那をここまで盛り上げたのは実に上手い作りだ。

 旅館の一室で将棋盤を挟んで対局する二人の背後に見える庭に、日が暮れて美しい灯りが灯っていく……気付きもせずに盤面を凝視し、身体を揺すっている描写など壮絶でした。

 クオリティという意味では今年バケモノ的なヒットをした数々の邦画よりもずっと群を抜いているのではないかな。



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