「Shall we Dance?」

 良かったぁ〜「良いモノを観た」満足感で良い気分で帰って来ました。

 映画や芝居とかって、その時観たモノが良かったか悪かったかによって帰りの気分が天国にも地獄にもなりますよね、だから観るモノは慎重に選ばなきゃいけません。

 この作品、御存知リメイクと言うこともあって正直ちょっと斜に構えて観てました。

 周防監督の「Shall we ダンス?」は日本人がブザマにダンスを一生懸命やる姿が涙ぐましく、また日本のサラリーマンや庶民の生活の悲哀があっての感動だと思ってたので、かのスラリとしたリチャード・ギア様がやったんじゃ「普通にカッコ良いじゃん」と思って、コレはダンスと言う西洋文化のお株を取られた日本に対する嫌味か! 極端だけどそんな風にまで思っていたので。

 だけど映画が始まってみたらどうでしょう! あのオープニングから電車に乗ってダンススクールの窓に佇むロペス先生を見上げるギアの描写、手際よく説明されて行くギアの仕事、家庭、出来るだけ冴えない中年振りを表現するギアさんの芝居、演出!

「ああこの作者は本当に周防作品を愛して本気で取り組んでいる」と言う作り手の気概が溢れていて、そのことに涙が滲んでしまった。

 感動の連鎖と言うのかな、最近のアメリカは強いからって横暴で押し付けがましい正義を振りかざしてるガキ大将みたいな印象が強いけど、こうして日本人が作った映画作品の感動のテイストをしっかり汲んで、それでいて自国の文化をしっかり加味した新たな感動を作り上げてることに「憎しみの連鎖」ならぬ「感動の連鎖」みたいなことを感じてしまった。

 やっぱり国と国とが理解し合うにはトップ同士が利害の駆け引きで交渉するよりも、末端レベルで文化交流した方が百倍早いのかもしれませんね。

 どこの国にも限らず国の作った歴史の教科書なんか読んでるよりも、他の国の優れた文学や映画に触れる方がずっと正確で直接的な気がする。

 けれどもやっぱり「王様と私」を国辱映画とするタイの方は「王様と私」は見ないんでしょうか、やっぱり国と国ってそう単純には行かないのかなぁ……って話が逸れました。

 でも日本版の方がサラリーマンの悲哀と言う部分ではず〜っと重かったですよね。
 役所広司お父さんの生活の何と大変なことよ! 夜明けとともに家を出て、一体何時間かかって会社に通ってるんだか、帰って来るともう家族は寝静まってる真夜中で、あれじゃホントに「何の為に生きてるか」その意味を見失ってることにさえ気付く暇がないくらい。

 だから出会ったダンスの世界に生きるトキメキを取り戻すギャップが大きかった。
 それに比べてギアさんの方はそんなに会社遠くなさそうだし、なんだか緑の芝生に囲まれた大きな一軒家で優雅な暮らし、オフィスも巨大なビルの弁護士事務所で高給取りって感じやし。

 劇中ギアさん本人がダンスと言う物を「幸せなのにそれ以上を望んだ」って言ってるのに対して役所さんの方は口に出しては言わないけど「失っていた生きるトキメキを取り戻した」って言うニュアンスがずっと重い物に感じられた。

 その上日本人は元々がダンスの体型じゃないし、ブザマで様にならないところを健気に頑張る姿が共感を呼んで大いに泣けたのだ。

 そこをハリウッド版は実に見事に脚色して原作の良さを活かしながらも最後は夫婦愛の素晴らしさに転化しているところ、見事なヒネリ、素晴らしい翻訳でした。

 だからラストにロペスと踊る「Shall we Dance」は日本版ではクライマックスだったのに対して、ハリウッド版ではもうちょっと見たいな……と言うところで終わってしまうんでしょう。
 あれ以上長く踊ってると奥さんがほったらかしになってしまうからですね。

 オリジナル版で素晴らしかったダンス教室の他のメンバーたちも全てひと目で誰が誰だか分かる置き換えが素晴らしく、観てるのが楽しい。ハリウッドの役者層の厚さを物語っていましたね。

 だけどヒロインのキャラだけが大きく違っていて、草刈民代さんは演技者として初心者と言う考慮もあってのことか、セリフが極端に少なく、喋りもどこかつっけんどんで冷たい印象だった。

 周防監督の計算だったのでしょう「現実生活から離れた夢の中の存在」って感じがしたのに対して、ジェニファー・ロペスは芝居が上手い分より人間的で身近な感じがした。

 最初のうちはどうしてこう言うキャスティングなのかな? と思っていたら、テーマが微妙に違っていたんですね。

 ギアさんはお腹に肉を付けて、メイクもしょぼくれた感じにして、上手く「疲れたサラリーマン」を作っていたけれど、やっぱりロペス先生とツーショットの場面とかフッと澄ますとハリウッドスターのカッコ良さが滲み出てしまいますね。

 ダンスやってもサマになるし、やっぱり普通にカッコ良く決まる。そこはハリウッド版ならではの「良さ」と言うことになるのかな。

 ラストは「愛と青春の旅立ち」「プリティー・ウーマン」と来て、ギアさんまさかまた……と思っていたら、ああ〜〜やっぱし最後は綺麗なスーツにお花持って迎えに行くのね(爆)。

 前記二作品からリチャード・ギアと言えば「迎えに行く男」と思ってたんでこれはウケた(笑)。
 ただ迎えに行く相手が予想に反して……ってとこがアメリカ版の一番見事に感動する場面でした。さすがギアさん、迎えに行くと泣かせるぜ!
 スラッとしたスーツ着て花を持たせると右に出る者はいませんね。

 この映画は本当に良く日本版のテイストを活かしつつ見事に翻案脚色して、リチャード・ギアならではの感動ももたらすと言う、素晴らしいリメイクだと思いました。



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