「夢」
コレは黒澤が精魂使い果たしたかと思われた「乱」の5年後に出たヤツで、
その鮮烈なイマジネーションの描出にゃ驚かされました。
「こんな夢をみた」と言う言葉でくくられた夢の世界が連続して描かれて行くのだけれど、雪
山登山で瀕死の状態になりながら一歩一歩進む登山隊の閉塞感が凄い「雪女編」やトンネルから顔が
ガイコツになった兵隊の群れがザッザッと出てくる「トンネル編」とかもうキョーレツです(笑)。
それでいて単にイマジネーションを咲かせるだけでなく、黒沢独自の様式美的な絵作りも凄い。
「狐の嫁入り」で少年が紛れ込む森の中、木々の間の木漏れ日のなんと美しいことよ。
そして霧の中から現れる、まさにこの世の物でない狐たちの行列の踊り。この動き、振り向い
た時にピタッと止まる「間」。
「ひな祭り」編の実物大の雛壇を作って桃の花びらが乱舞する中踊る雛人形たち。
「ゴッホ」の絵の中を寺尾聡が歩き回る様はさすがジョージ・ルーカスが技術協力してるだけ
あって、当時日本映画としては仰天の違和感の無さで見事だった。
そして終盤の「鬼」と「怒り富士」のメッセージ性はベタだけどまるで子供の頃に絵本を読んだ
時の様にビビットに伝わって来た。
「乱」があまりにも気迫に溢れて凄かったので、もうアレで最後なのではないか……
なぁんて思ってしまってたので、コレが出た時は本当に嬉しかったのだけれど、劇中最後に
寺尾聡が訪れる「水車のある村」で「昔この村へ来て死んだ旅人のお墓」だと言う岩の上に
子供たちが花を置いて行くのを観て「あ〜もしかしてこの映画は黒澤の遺言なのかもしれな
いな」と思い、映画館を出る時には酷く寂しい思いに駆られたものでした。
最後に村人たちの楽団のパレードによって送られる笠智衆の恋人の葬列の描写は昔のフェデリコ・
フェリーニを思い出しますね。まさにコレは黒澤による自身へ向けた葬儀の様な気がしました。
でもこの後更に「八月の狂詩曲」〜最後になった「まあだだよ」と続いたんですよね。