「風雪のビバーク」に思う

槍ヶ岳遠望
孤高のアルピニスト松涛明さんのこと
最近、松涛明さんの「風雪のビバーク」が復刊されるという記事があった。こういう読んで胸が熱くなるような本を多くの人に見てもらいたいものだ。筆者にとって、松涛さんは他人のように思えない存在である。勿論、筆者は松涛明さんと面識はない。氏が北鎌尾根で遭難したのは1949年のことだから、筆者が小学校に入る前に亡くなっていることになる。ただまったく無縁の人かというと、そうでもないのである。実は筆者の高校時代の親友が、松涛明さんの従兄弟だった。友人は純真無垢の紅顔の美少年で、写真で見る松涛明さんにそっくりだった。だから筆者にとって松涛さんは他人のように思えないのである。
その友人から松涛さんが最後の山行に出かける時のエピソードを聞いた。松涛さんがザックを背負って家を出ようとした時、ふと玄関で振り返り、お母さんに水を飲みたいと頼んだ。その一杯の水を美味そうに飲み干してから、満足そうに出かけて行ったという。その時、お母さんは胸騒ぎがして仕方がなかったそうだ。それは今まで一度も出がけに水を所望したことがなかったからだという。きっと、ご母さんは水盃を連想して不吉な感じを持たれたのだろう。
筆者は松涛さんの遺稿集である「風雪のビバーク」(朋文堂版)を大学の入学試験が終わった時に購入した。遺品の手帳に書かれていた死の直前の手記を読んで、涙を抑えきれなかった。筆者にとって貴重なこの本は、後に筆者が山に誘った友人に是非読んで貰いたいと思って進呈した。だから、現在筆者の手許にある「風雪のビバーク」は1971年に山岳名著シリーズの一つとして二見書房が発刊したものである。しがないサラリーマンとして本を所蔵する十分なスペースを持ち得なかったが、何度か転居する時も、山の本だけは捨てなかった。「風雪のビバーク」は常に筆者とともにあった。何度読み直しても、松涛さんの山にかける一途な気持が伝わってきて胸が熱くなってくる。最近、山と渓谷社からも「新編・風雪のビヴァーク」が復刻されたそうだ。山好きの皆さんには是非読んで貰いたい本だ。
収録されている山行記録の中では昭和15年の単独行「春の遠山入(易老岳から悪沢岳への縦走)」が一番好きだ。見知らぬ土地で重い荷物を背負ってうろうろする心細さや、不気味な森の中で夜を過ごす時の恐怖。雪上のビバークでは懐炉のベンジンが引火して火の海となってしまう。ツェルトごと仰向けざまに転がって難を逃れたが、ふと周囲の明るさに空を仰ぐと、月が皓々と冴え渡っている。突然、家や里に対するノスタルジアが襲ってくる。火傷を負ったことより、貴重な甘味品であった甘納豆が飛び散ってしまったことを悔やむ。雪目になって目が開けられなくなり、ピッケルで足元を探りながらの苦しい道行。遂に人のいる所にたどり着いた時の喜び。
読んでいるうちに自分が体験したことを追憶しているような気持になってくる。いつの間にか自分が松涛さんにオーバーラップしてしまうのだ。深いラッセルに喘ぎ、乏しい食料に腹を空かせ、孤独に耐えながら、なぜかくも山に惹かれるのか。理屈では説明できない、やむにやまれぬ思いが切々と伝わってくる。
そして、最後に遭難の手記を粛然と姿勢を正して読むのである。
大分前になるが、この手帳をご遺族が大町山岳博物館に寄贈されたという新聞記事があった。いつか大町に行って見てみなければと思っている。
筆者は若い頃、会社の社内報に投稿を依頼され、松涛さんの遺書に私の思いを重ねて駄文を書いたことがある。稚拙なものだが、以下に掲載する。
いつかある日
1月4日 フーセツ
カンキキビシキタメ有元ハ足ヲ第2度トウショウニヤラレル、セツドーハ小ク、夜中入口ヲカゼニサラワレ、全身ユキデヌレル。
1月5日 フーセツ
スノーホールヲ出タトタン全身バリバリニコオル、手モアイゼンバンドモ凍ッテ、アイゼン、ツケラレズ、ステップカットデヤリマデ ユカントセシモ有元千丈側ニスリップ 上リナホス力ナキ
タメ共ニ千丈ヘ下ル、カラミデモ ラッセルムネマデ、15時SHヲホル
1月6日 フーセツ
全身凍ッテ力ナシ 何トカ湯俣迄ト思ウモ有元ヲ捨テルニシノビズ、死ヲ決ス
オカアサン アナタノヤサシサニ タダカンシャ、一アシ先ニオトウサンノ所ヘ行キマス。
何ノコーヨウモ出来ズ死ヌツミヲオユルシ下サイ
手ノユビトーショウデ思フコトノ千分ノ一モカケズ モーシワケナシ
有元ト死ヲ決シタノガ六時 今一四時 仲々死ネナイ 漸ク腰迄硬直ガキタ、全シンフルヘ、有元モHERZ、ソロソロクルシ、ヒグレト共ニ凡テオワラン
サイゴマデ タタカフモイノチ 友ノ辺ニ スツルモイノチ 共ニユク
我々ガ死ンデ 死ガイハ水ニトケ、ヤガテ海に入り、魚ヲ肥ヤシ、又人ノ身体を作ル、個人ハカリノ姿 グルグルマワル 松ナミ
(1949年1月6日、孤高のアルピニスト松涛明、風雪の北鎌尾根で遭難、千丈沢に死す)
雪の結晶が弾けた。キラキラ輝く雪が春の陽に溶けて一滴の水となり、一滴の水が一筋の流れとなって、厚い雪に閉ざされていた谷間に春の歌を奏で始めた。
私はそっと眼を覚ました。随分永い間眠っていたようだ。そっと身を起こすと、谷間の風が揺らぎ、私の吐息が小さくこだました。あの時のすべてを凍らせるような激しい風雪の音はなく、今はただ無人の渓谷に春の生命がそっと息づき始めている。私は、死が避けられなくなった時に感じた気が狂いそうな恐怖も今はなく、ただ春の訪れに静かにほほえんでいる。
こうして春の陽に輝く山なみを眺めていると、過ぎし日の山の思い出がよみがえってくる。残雪のカールから真っ青な空を見上げた時、人間の愚かさに対する怒りを忘れ、自分の存在に自信を持てなくなった時はめちゃくちゃに歩き続けた。足が動かなくなるとハイ松の上に仰向けになって荒い息を吸った。夜の帳が下りて星の神話が始まり、ベガとアルタイルが想いを寄せ合う時、都会の生活に孤独を感じた私が、人恋しさに胸を震わせた。
愛するあなたへ
私があなたに愛を告白した時、あなたは困ったような顔をして涙を流した。私はあなたが私以外の人に想いを寄せていることを悟った。
私はあなたへの愛を断ち切り、失恋の苦しみを胸に山に向かった。私の愛はあなたに受け入れられなかったが、あなたを愛する気持は変わらなかった。風雪の北鎌尾根で死と戦っている時、あなたの姿を思い浮かべることがどれほど私を励ましてくれたか、あなたは知らないだろう。
私はあなたが私の死に涙を流してくれたことを知っている。そして、今、あなたが想いを寄せた人に失恋したことを知っている。そんなあなたをもう私は慰めてあげることができない。しかし、私はそっとあなたを守ってあげることができる。私の愛は永遠に君のもとにあるのだ。
雪の結晶が弾けて一滴の水となる。私の身体も雪解け水に溶けて流れて行く。私の細胞は岩を伝う一条の流れとなり、ある時は谷間を矢のように走り、ある時はゆらゆらと川床の玉石とたわむれ、ある時はイワナの棲む淵に漂う。私はひとすくいの冷たい水となって山男の喉を潤す。私は里の人々に春を告げ、田植え水となって稲を育てる。そして海に入って魚の一部となり、また、人間の身体に取り込まれるだろう。
私の精神は身体から抜け出し、カールの上昇気流に乗って空を上って行く。黒い岩と緑のハイ松、純白の雪渓。私が憧れてやまなかった山々が眼下にある。私の精神は永遠の自由を得た。今日は白い雲となって青い空と戯れよう。夜になったら墓標代わりのケルンに戻ろう。
ベルクハイル! 私の喜びの声が谷間にこだまする。ああ、私が限りなく愛したこの山々。私はこの美しい祖国の一部になって、大いなる自然の賛歌を歌い続けるだろう。
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