キジ撃ち考

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言語学的考察

 山に行く連中が頻繁に使う隠語に「キジ撃ち」というのがある。人間の排泄行為のことである。言葉の由来は、藪の中に入り中腰になって行う様子が、猟師がキジを撃つ姿に似ているからだという。
 山に遊ぶことはロマンティックなことばかりではない。リアリストの筆者としては、人間の生理的現象に起因する諸問題にも無関心ではいられないので、今回はあえて「キジ撃ち」について筆者のウン蓄を傾けたい。老婆心ながら読者には食後に読むことをおすすめする。
 さて、「キジ撃ち」の意味はお分かりいただけたと思うが、ワンゲルでは「キジ撃ち」という基幹語から驚くほど多様な派生語を作り出していた。大小は「大キジ」、「小キジ」と区別されるようになった。ついでにガスだけの放出は「カラキジ」と名付けられた。トイレは「キジ場」、ちり紙は「キジ紙」である。この辺までの造語は筆者もさして抵抗はない。だが、ある山行で筆者がダケカンバの黄葉に見とれていると、隣で「ああ、何ときれいなキジ色だろう」とうっとりしている奴がいて、とてもその感覚にはついていけなかった。彼は単純に黄色という意味でキジ色といったのだろうが、筆者はダケカンバの黄葉のように鮮やかな色をしたキジは見たことがない。黄疸にでもなれば黄色くなるのだろうか。また、カレーライスを「キジ飯」というのにも参った。筆者はカレーライスが大好物だったが、「おっ、今日はキジ飯か。美味そうだな」と舌なめずりしている奴がいると、椀に盛られたキジ飯がその日の朝の大キジに見えてきて、一瞬食欲を失うほどだった。 

恐怖のキジ場、南会津のブヨは凄かった

 夏合宿のことだった。合宿の最後に百数十名が南会津の高杖原に集中した。テントが30張近く並ぶ一大キャンプ場となった。これだけの人数が集まると排泄物の処理が問題となる。運悪く本部づめになった隊員は、テント場の整備とキジ場の設営に汗を流すことになるのである。筆者は集中日の翌朝、早めにキジ場に向かった。キャンプ地のはずれにムシロで囲った数個のキジ場が並んでいた。なかなかの出来である。キジ場の上をブヨが雲霞のように群れていた。ムシロを開けて中に入ると、真ん中に穴が掘ってあり、両側の足場もしっかりしていた。ズボンを下ろしてキジ撃ちスタイルになった途端に尻の辺りがブワーンと騒々しくなってきた。頭上にたなびいていたブヨが急降下してきて裸の尻に群がってきたのだ。たちまち猛烈なかゆみが襲ってきた。筆者はポリネシアのフラダンサーのように激しく尻を振ったが、南会津のブヨはそれで振り落とされるほど柔ではなかった。筆者は元来虫も殺せぬ平和主義者だが、自衛のためには反撃せざるをえなかった。両手でピシャピシャ自分の尻を叩き始めた。しかし、何分目が届かないところなので、戦果は確認できない。多少犠牲者を出しているようだが、勇敢なブヨは後から後から群がってくる。おまけに手で叩けない部分(出口のまわり)はどうしようもなかった。気も狂いそうな痒さにキジどころではなかった。この痒さに耐えるより2〜3日便秘でいる方がましだと思った。キジを諦めズボンを上げた時は心底ほっとした。このごく短い間にも筆者の滑らかな尻はボコボコになって、火照ったような感じだった。何十匹に献血したのか分からないが、しばらくは座るのも痛かった。この時の猛烈なブヨの攻撃は今でも悪夢のように思い出すことがある。
 キジ撃ちが辛かったといえば、黒菱小屋も相当のものだった。八方尾根の中腹にある黒菱小屋はスキーには最高の立地だった。雪質がよく、小屋のすぐ前が黒菱の大斜面だった。当時の2階建ての古い棟は暖房がなかった。吹雪の時など窓の隙間から雪が吹き込んでくる。持ってきた衣類を全部着て湿っぽい布団に潜り込むが、朝になると掛け布団にうっすらと雪が被さっていた。ここのキジ場が寒かった。一応室内にあるのだが、下が吹き抜けになっているのか、スースーと風が入ってくる。裸になった部分に零下の風が吹きつけるのだから堪らない。下を覗くとカチンカチンに凍ったキジが積み上がっている。うかうかしていると尻がしもやけになりそうだった。凍ケツ防止のため長居はできなかった。
 春先のキジ撃ちも気持のいいものではない。藪の中にしゃがみ込みと尻は地面すれすれになる。事の順序として筆者の場合、まず子キジから始まる。暖かい液体がじわーっと落ち葉に染み込んでいくと、冬眠中のマムシが目を覚まさないかと気が気ではない。キジ撃ち中にマムシに噛まれるということはまんざら杞憂でもないのである。この話は別の機会に譲るが、筆者は春先のキジ撃ちは恐くて仕方がない。
 もちろん、キジ撃ちがいつも苦痛というわけではない。快適なキジ撃ちもある。
 田代山の頂上にテントを張った時である。夕食も終え、後は寝るだけだった。筆者はキジ紙を持って場所探しに出かけた。田代山は草原状の山頂だからあまり身を隠す所がない。仕方がないのでハイ松の中に入り込んだ。足は地面に届かず、枝の上にある。体がゆらゆら揺れるので両手で枝を掴んだ。燧や会津駒の稜線が真っ赤に燃えるのを眺めながら、空中に漂うような感覚で行ったキジ撃ちは何とも気持がよかった。
 白馬鑓小屋のキジ場は傑作だった。水洗どころか湯洗式なのである。何とキジ場の下を勢いよく温泉が流れていた。落下物はあっという間に流されていく。臭いもこもらないし、暖かいし、何とも快適だった。ただ、湯気が立ち込め眼鏡が曇ってしまうのと、衣類が湿ってくるのが玉に瑕であった。

技術を過信してキジまみれ

 小キジは男性の場合、さして問題はない。もっとも雨の日などテントの外に出るのが億劫な時はある。北海道日高の七ツ沼で台風に閉じ込められたことがある。一日中することもなくテントで横になっていた。一番奥にいた同期のKがゴロッと向こう向きになり、体をテントに押しつけゴソゴソ動いていた。何となく様子がおかしいので、隣にいた筆者はそれとなくKの背中を見張っていた。そのうちKは動かなくなり、しばらくするとブルッと肩を震わせた。それからまたゴソゴソ手を動かしていたが、やがて仰向けになるとフーッと息をついた。
「おい」
 筆者が声をかけるとKはギョッとしたよう振り向いたが、筆者だと分かると、すぐにいつものふてぶてしい顔に戻った。
「バレたか。いや、寝ながらするのも結構難しいもんだな」
 Kは小声で答えた。真面目なリーダーが知ったらただではすまないだろうから黙っていてやったが、カエルの面に小便というのは彼のことをいうのだろう。ワンゲルに人多しといえども、テントの裾から筒先を出して用を足したのは彼ぐらいではないだろうか。
 小キジで用心しなければならないのは風向きである。谷間に向かって気持よく放出した途端に風が吹き上げてきて、顔面にシャワーを浴びることも希ではない。
 スキーを履いている時も要注意だ。斜面の下に向かってする時は、特にテクニックがいる。スキーを汚したくなければ、逆ハの字に先端を開かねばならない。スキーをやったことのある人ならすぐ分かるが、スキーの先端が開くと股裂き状になって転ぶことが多い。筆者はスキーさばきにはいささか自信があったので、ガニ股になってアウトエッジを立てるという高度なテクニックを使い、無事に用を足した。そこでほっとしたのが敗因だった。エッジが弛み、スキーが前に滑り出した。「しまった」と思う間もなくスキーの先端がどんどん拡がり、ついにバッタリ前に倒れてしまった。腹の下辺りに黄色に染まった雪があった。危うく自家製の氷レモンを食わされるところだった。
 これが大キジだともっと危険になる。キジ撃ちスタイルは非常に空気抵抗が少ないからである。何かの拍子に動き出したらもう止まらない。斜面の下にまっしぐらである。ウンが尽きたと諦めるほかはない。雪の上ではくれぐれも傾斜に気をつけてほしい。
 話は変わるが、筆者の山中間に頂上を極めるとやたらに三角点に小キジをかけたがる奴がいた。犬が電信柱に小便をかけるのと同じ衝動に突き動かされているのだろう。彼の前世は犬だったに違いない。だから筆者は頂上に登っても決して三角点には手を触れない。写真を撮って証拠にするだけである。

キジ撃ちにもマナーがある

 筆者は大キジを撃つ場合、できる限り地面を掘り、事後には必ず土をかけ、小枝や落ち葉を被せて痕跡を残さないようにしていた。きれいなキャンプサイトも白いキジ紙に囲まれていたのでは興ざめである。もちろん、事をなす時は人目につかない所でこっそりと行うのは当然のことである。ところが世の中には非常識な奴も多い。筆者が直接見聞したことではないが、仲間のパーティーが立山から高天原に縦走した時の話である。たまたまS大のワンゲルと相前後することになった。大体縦走路のキャンプ地は限られているから毎日同じ所で泊まることになった。この時よほどS大のキジ撃ちマナーが腹に据えかねたのか、リーダーは山行記録に特に付記している。
「驚いたことにS大の連中は集団で、しかも一列に並んでキジを撃つのである。大体、普通のたしなみを持っている人間は、特に大をする場合、人目につかぬ所で行うのが常識である。それをこの連中は白昼堂々と徒党を組んで、しかもこちらが飯を食っているのを尻目に堂々とコトをなすのだから驚いた。S大の名誉のために実名は挙げないが、『キジも撃たずば書かれまい』のお粗末であった」

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