NO.2 触れたい、抱きしめたい |
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「では、お願いします」
受付で安原は七人分の入院手続きを終え、ため息を一つ零す。
フルメンバー八人中七人も入院するような事態になるのは、調査に参加するようになって初めてのことだろう。
諸々の手続き等を終えたが、やることは山のようにあり息をつく暇がない。
自分以外のメンバー全員が文字通り満身創痍で重傷を負って倒れ伏していた。
安原一人が奇跡的に無傷だったというわけではない。ただ、その場に居なかっただけだ。
唯一別行動を取っていた安原だけが無傷。その場にいれば彼も白い包帯に身を包まれベッドの上に横たわっていたことは間違いない。
下手をすれば、死者も出かねないほどの惨事・・・そういって差し支えがないだろう。
死者がでずすんだことと、安原一人でも無傷の人間が居たと言うことが、不幸中の幸と言えたかもしれない。
事の始まりは六日前に幽霊屋敷の調査に入った時まで遡る。
初日は初動捜査のため屋敷内には立ち入ることなく、安全圏を確保しつつ屋敷の調査をすることになっていた。そのためそれほど危険を身近に感じることはなく終了。
いつものこと言えばいつもの事なのだが安原は単独行動をとり、外部調査に出たのが二日目からのことだった。
その日から屋敷内に入りつつ、データーを取っていたのだがその日はたいした反応を得ることは出来なかった。それもいつものことだ。けして珍しい事ではない。
霊は外部の存在を警戒するため、ナリを潜めてしまうことの方が多い。
油断せず、かつ焦ることなく、じっくりと安全を確認しながら調査をしていく方針はなんら変わりなかった。
だが、三日目にして状況は一変する。
突如それは牙をむいたとしか言いようがなかったと聞く。
まるで龍の逆鱗に触れてしまったかのように、静寂は一瞬にして打ち消された。
二階にいたリンと滝川は見えない何かによってはじき飛ばされ、窓ガラスを突き破って背中から庭に転落し全身打撲。その際リンは左腕と肋骨を骨折し、滝川は右足を骨折。切り傷擦り傷に至っては数え切れないほど。反射的に受け身がとれたため、その程度で済んだとも言える。
綾子と真砂子、ジョンは壁に叩き付けられ全身打撲。その直後カマイタチが襲いかかってきたため、無数の切り傷を作り、綾子は腕を縦に切り裂かれ十八針縫うことになり、ジョンは頭を強く壁に打ち付けたため頭蓋骨に罅が入る大けがを負う。
悲惨な状態だった。
全員が満身創痍だった。
無傷な者は遅れてやってきた自分以外いなかった・・・・・・・・・埃の臭いに混じって僅かに感じる血の臭いに反射的に息を呑む。血の臭いを感じるほど出血しているという事態に、血の気が引く思いがしたのだ。
いや、確実に青ざめていただろう。
血まみれで倒れ伏す彼らを見た瞬間、自分は確かに最悪の事態を想定し、全身の血が凍ったような気がしたのだ。
正直にいえば人生初の状態だった。あれほど我をなくした瞬間は未だかつて無かった。
たいていの事はそつなくこなしてしまえたからだろう。
多少驚くことがあっても気が動転するようなことは無かった。
だが、さすがにあの時ばかりは平静を保っていることは出来なかった。
頭の中が真っ白になり、自分がなぜここにいるのか、何をすればいいのかが判らなかったのだ。
すぐに動くことが出来ず声を掛けることも出来ず、呆然としていたのはどれほどのことだっただろうか。さほどの時間は無かっただろう。
力弱い少女の声が安原の凍った血を溶かし、しなければならないことを咄嗟に思い出させてくれた。
少女の必死な声が耳に今も焼き付いている。
「あの、谷山さんみかけませんでしたか?」
三十代半ばの看護師が安原の姿を見つけるなり小走りで近寄ってきたため、安原は意識を切り替える。
「いえ、僕も今来たところなので、今日はまだ会っていませんが・・・」
「回診の時間なんですが、部屋にいなくて。今探している所なんです。
谷山さんもまだ安静にしていないといけないんですが・・・困ったわ。どこかで倒れてなければいいのだけれど」
一通り立ち寄りそうな所を見たのだが、どこにもいないと顔をしかめる。
看護師が言ったとおり彼女もまだ安静にいていなければいけない身の上だった。
「僕も探してみます」
「お願いしますね。谷山さんは内臓を痛めてますから、もしかしたらどこかで動けなくなっているのかもしれません。様子がおかしかったら動かさずにすぐに連絡を下さい」
「判りました」
安原は微笑を浮かべて看護師と別れると迷うことなくICUの方へと足を向ける。
ベッドにいないとなれば、彼女が向かうのはその先しかないだろう。
案の定、麻衣の姿はICUの室内を見渡すことの出来る廊下に青白い顔で立っていた。
これといって容態が悪化している様子もないことに安堵する。
「谷山さん、君もまだ絶対安静なんだよ? 部屋に戻ろう?」
安原は宥めるように声をかけるが麻衣は唇をかみしめたまま、一点を凝視していた。
その視線の先には上司であり少女の恋人でもあるオリヴァー・ディビスが懇々と眠り続けている。
あの日・・・から三日経とうとしているが、彼の意識が戻る気配はいまだになかった。
その姿はまるで100年の眠りから覚ましてくれる王子を末眠り姫のように、静かな眠りだ。一定のリズムで音を立てる心電図がなければ、等身大のビスクドールが横たわっているようにさえ見える。
不安に囚われる彼女の気持ちが判らないわけではない。
まるで目覚めることを拒絶するかのように、瞼は固く閉ざされ、彼が生きてるという証を実感することはない。
彼の存在感はその美貌だけではなく、確固たる意思を宿すその双眸に、存在感にあるのだということを改めて実感する。
そして、それがいつの間にか少女にとってはなくてはならない支柱になっていたと言うことも。
協力者達に重傷を負わせたポルターガイストは、麻衣とナルの上にも平等に襲いかかった。
いや、命の危険度は二人の方がより高かっただろう。
壁に叩き付けられたさい、内臓を痛めた麻衣は吐血しその場に崩れおちかけた。だが、見えない力に圧迫され膝を折ることすら出来ず、壁に押しつけられたままぐったりとしていた。さらに追い打ちをかけるようカマイタチが襲いかかった。だが、それは細かなカマイタチではなくすべてを切り倒す鎌の様な真空の刃。
壁や柱、家具がまるで豆腐のように切り刻まれていく。
巨大な刃は家財をなぎ倒したあと、麻衣に狙いを定めたかのように辺りの物をなぎ倒しながらまっすぐ進んでいた。
だが、その刃は麻衣に触れる前に霧散する。
ナルが全てを文字通り存在事全てを吹き飛ばしたからだ。
それによって嵐のように吹き荒れていたカマイタチがようやく成りを潜めた。
ナルの力によって千々に吹き飛ばされたのかもしれないし、ナリを潜めただけかもしれない。真相は判らないが、全てを無に帰す力は消えたには違いなかった。
だが、この時点で動ける者は誰一人残っていない。
ナルは一通り部屋を見渡すように視線を巡らしたあとで、力尽きたようにその場に崩れ落ちる。
巨大なPKを使った反動が襲ったのだ。
彼の躯は力に耐えきれず、過去にPKを使ったとき同様にその鼓動は停止した。
安原が屋敷に駆け込んだのはそれから数分後のことだ。
己自身も重傷を負い人命救助など出来る状態ではなかったにもかかわらず、麻衣は必死になってナルの蘇生処置をかまいたちによって全身に裂傷が出来ていた真砂子と共に行っていた。
例え血まみれであったとしても、この場でかろうじて身動きがとれたのは、麻衣と真砂子の二人しかいなかったのだ。
安原はすぐに救急車を呼び、より重傷であろう麻衣と変わろうとしたのだが、麻衣は変わろうとせず、呼吸停止をしているナルに人工呼吸を繰り返し行っていた。
涙をこぼしながら、名を必死になって呼びながら。
鬼気迫るその様子に安原は無理に交代をさせることが出来ず、息も切れ切れの真砂子と代わり、救急車が来るまでの間心肺蘇生を行っていたのだが、停止していた時間はおよそ十数分。
微弱ながらも病院に搬送される頃には脈も呼吸も戻ってはいたが、あれから3日経つが意識が戻る様子は無かった。
処置は的確で問題はなく、後は本人の体力次第・・・無責任としか言いようがないが、医者が手を打てる手だてはもうなにもないとも言えた。
彼のは病ではない。
身体が力の負荷に耐えきれず起こった症状なのだ。
「使わなければ・・・・・・・・・」
ぽつりと掠れた声で麻衣は呟く。
「力を使わなかったら・・・ナルは、無事だったのに 」
今まで何度そう思ったのだろうか。
安原はちらりと麻衣に視線を向けるが、直ぐに硝子越しに見える上司へと視線を戻す。
「所長があの時PKではじき飛ばさなかったら、今頃君は首と胴が離ればなれだったよ?」
「私は、ナルが犠牲になってまで助かりたくはなかったっっっ!」
くしゃり。と、顔が歪む。
心肺の蘇生方法は問題はなかった、だが、救急隊員が来るまでの間・・・病院にたどり着き、脈が戻るまでの時間が問題だった。
意識が戻っても後遺症が残るかもしれない。
このまま意識が戻らず植物状態になる可能性もあると、すでに示唆されていた。
この3日間、最悪のケースをたどろうとしているかのように、ナルの脳波に変化はみられない。
ただ、懇々と眠り続けている。
初めはどんな状態でも生きてくれればいい。そう思っていた。だが、人間は一つの願いが叶えば次を願ってしまう生き物だ。
目を覚まして欲しい・・・名を呼んで欲しい・・・触れて欲しい・・・抱きしめて欲しいと。
「谷山さんがそう思ったように、所長も同じことを考えたのかもしれないよ。
自分の身を守って君が死ぬのを見たくないと
それに、所長は死ぬつもりなんて全くないと思うよ。
だから、心肺停止状態から復活したんじゃないかな。
きっと、意識も戻るよ・・・谷山さんを一人残しておくわけないから」
「でも・・・・っっっ」
麻衣とてナルが死ぬつもりでPKを使ったとは思ってはいない。
あの時に出来ることはもうそれしか残っていなかったのだから。
「ナルがもしもこのままだったらっっっっっっ」
こみ上げてくる物をとうとう堪えきれなくなったのだろう。
白ウサギのように真っ赤になった両目に溢れていた涙がポロポロとこぼれ、頬を伝い落ちていく。
肩を大きく上下に揺らし、子供のように泣きじゃくり始める麻衣を安原は少しだけ困ったような顔をして見下ろす。
こんな時に考える事ではないが、まるで小動物のようで不本意ながら「ぎゅっと抱きしめたい」と思って閉まったのだ。
小さな子供をあやしたい。という心境に近いだろう。
年下の同僚に対して色めいた感情が浮かんだわけではない。
ただ、一心に恋人を想って泣く少女を一人で泣かしておくのが忍びなかったからかもしれない。
これが、滝川だったら遠慮することなく彼女の背に腕を回して好きなだけ腕の中で泣かせてあげただろう。だが、そうするには少しばかり自分と少女の年が近すぎて、してはいけないような気がしたのだ。
もしかしたら、無意識のうちにボーダーラインを察知していたのかもしれない・・・そう思ったのは全てが片付いて冷静さを改めて取り戻してからのことだった。
些細なきっかけで踏み込みかねないことを察知したのかもしれない。
踏み込んでしまうには危険な領域へ・・・甘く、そしてけして成就しない世界。
そして、すぐに滝川のように動かなくて良かったと思うのだった。
安原は軽く息をつくと共に腕を上げて優しく彼女の両肩を掴むと身体の向きを変える
「谷山さん・・・心配する必要はないよ ほら」
規則正しく変わることなく心電図はリズムを刻んでいた。
そこは、先から何も変わらない光景がある。
だが、唯一ちがう点と言えば、固く閉ざされていた白い瞼がいつの間にか開いており、強い意志を宿した視線がまっすぐ少女をとらえて居た。
もしも、慰めるためであろうとも少女を抱きしめていたら、いったいどんな眼で見られていたことか。そう思うとどっと背中に冷たい汗が流れるのを止められなかった。
己の直感を信じたことに素直に感謝したい気持ちになる。
「ナルッッッッッ」
麻衣は安原の葛藤に気がつく様子もなく、ナルの意識が戻ったことに気がつくと、己の身体の状態を無視し、ICUで在ることも躊躇することなく、安原の傍から離れてベッドの上に横たわる青年の元へと駆け寄る。
3日も寝たきりだった青年は身体を上手く動かすことが出来ないのだろう。
微かに腕を上げると、麻衣が溺れる人間が藁にしがみつくように、その指先を両手で握りこみ、泣きながら何度も青年の名を呼んでいた。
安原は一通りその様子を見守ると、ドクターを呼ぶのはもう少し後の方がいいかな?と思いながらその場から少し離れる。
「よー、少年。麻衣は見つかったか?」
松葉杖をついて全身包帯だらけの滝川が、安原に近づいてくる。
「所長と涙の再会をはたしていますよ〜」
「ってことは・・・・・・・・・・・ナル坊の意識が戻ったか」
安原の一言で察知したのだろう。滝川は詰めていた息を吐き出すように長くゆっくりと息を吐く。
「今、目が覚めた所ですので状態は判りませんが・・・・」
「ナル坊の事だから後遺症もなく一番最初に退院する気がするぞ。一番最後に目が覚めたくせにな。けろっともう何でもないとか言いながら退院していきやがるんだ。
俺らと違って外傷は何もないからなぁ」
「その可能性が非常に高いですね。
所長の場合は意識が戻った以上、後遺症など何もなければ回復は早そうですし。
重傷者はブラウンさんと谷山さんですか。
それよりも、滝川さんは動いて大丈夫なんですか?」
「足をぼきっとやっているが、まぁギプスはめちまっている以上、あんま心配ないっしょ。
まぁ、それに看護師達が麻衣差がしていたからなぁ、ちょっと身体動かしたかったし、ここに来りゃいると思ったんだが、やっぱりビンゴだったな。
ナル坊の意識が戻ったなら心配の種は無くなっただろう。
嬢ちゃんには病室戻って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っておい」
立ち話をしていた安原と滝川の視線の先で俄ICUがあわただしくなる。
二人は顔を見合わせて急いでICUへと急いで向かう。
ナルの容態が悪化したのか?と思ったのだが・・・・・・・・・緊張の糸が切れたのだろう。麻衣がナルの手を握りしめたまま意識をなくしてしまったようだ。ナルに呼ばれた看護師達が慌てて麻衣をベッドの上に寝かせ、医者が様子を見ていた。
「報告を」
その様子を淡々と眺めていたナルは、こっそり室内に入り込んできた安原と滝川に気がつくなり、全ての説明を求める。
まだ、そんな状況ではないだろう。と盛大なつっこみを入れつつも、安原は端的に報告を始める。
まだ、何も終わったとは言えない。
だが、漸く慣れた日常が巡り始めてきたんだな・・・と思った瞬間だった。
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☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
えーと、どこがGHアニメ化記念なんじゃい。と言われそうな話・・・・・・・・・・・・・・・
それも初っぱなから妙に暗くてすんません。
在る意味本領発揮?・・・・・・・・・・・・・ちょっとやかもしれない。
いやぁ、ふいにね。ふいに少年が麻衣をぎゅっと抱きしめたいなぁと思ったけれど、なんとなく嫌な予感がしたから止めてみた。っていう風にお題を調理したかったのですよ!
初めはコメディーチックを狙ったのですが、やっぱりアタクシ。コメディー体質ではない模様。
おかしいなぁ。会社だと良く愉快愉快と言われるのに・・・・・ちーん
んで、どういうわけかポルターガイストで皆死にかけるつー状態に。
うんうん、おこぶ様の時をふと思い出しまして、死にかけることはきっとたまにあるはずだ!なにせ、相手は幽霊・・・一回や二回や三回や四回ぐらいあるはずだ!全滅しかけることが。
ってなわけで、危うく麻衣チン首ちょん切られる寸前で、ダーリンに救われるつー展開にしてみました。
余談ですが、麻衣の願望もちょっとお題に引っかけたつもり。
〜したい。ではなく、〜してほしい。という方にアレンジしたけれど(^^;ゞ
オチナシヤマナシイミナシと無し無しづくしですが、とりあえずお題一本クリア〜
次はRINKOさんへとバトンが渡りますーv
さて、次の話はどういう話にしましょうかねぇ。
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2006/09/22 UP
Sincerely yours,Tenca
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