NO.4 夢見るほどに君を想う





 身体がだるいという自覚は、ここ数日の間あった。
 おそらく風邪でも引いたのだろうと思ったのはいつの頃だったか。
 早めに休んでおけば一晩で回復するであろう程度の体調不良は、調査とその後の処理など仕事に追われ気に掛ける暇が無かった・・・というよりも、気にするほどの事ではなかった。
 しばらくの間引きずったとしてもそのうち治っているだろう。
 希に悪化することもあるが大概治ってしまう。だが、今回は楽観視しすぎたのかもしれない。
 朝から倦怠感を抱えていた身体は、楽になっていくどころか時間が経つにすれ重さをましていき、節々が嫌な痛みを持ち始め、身体の奥に熱が籠もるような不快感に苛立ちが募ってくる。
 パソコンを稼働させてもそれ以上の操作をする気にはなれず、気がつけばPCはスリープモードに入り、画面はブラックアウトしている。
 細かな文字の羅列を目で追っても、文字が霞んでしまいはっきりと認識することも出来ず、アルファベットの羅列が言葉となり意味を伴って頭の中に入り込んでこない。
 ナルは無造作に本を机の上に置くと、背もたれに身体を預ける。
 息を吐き出すたびに、鉛を飲み込んだかのように身体の奥が重みを増していく。
 少し休んだところで体調は回復しない。
 完全に悪化させてしまったという自覚はあったが、すでにマンションに戻る気力はなかった。
 自覚すればするほど、今まで意識していなかった症状が出てくる。
 気管を通る酸素は熱を持ち、思考が思うとおりに動かない。身体を動かすことを忘れてしまったように思うとおりに動かすことができず、節々が嫌な痛みを訴えてくる。船に乗っているかのように部屋の壁が揺れているような感覚。身体が燃えるように熱いのに、反面冷房など効かせていないというのに感じる寒気。
 どう考えても、麻衣が知れば大騒ぎになる・・・・
 彼女が気がつく前にマンションに戻るなりしなければ、リンや安原をも巻き込んで大騒ぎするだろう・・・そんな事態だけは避けたかった。だが、こういう時、彼女はタイミング良く姿を現す。
「ナル!?」
 大騒ぎするな。と言いたいが、言葉を発することすら億劫で、出来たことはゆっくりとため息を吐き出すことだけだった。
「なにこれ!? すっごい熱! リンさーん!!」
 冷たい手が額に触れた・・・と思った瞬間それは、ふいに離れていく。
 あわただしい足音。乱雑に開閉される扉。
 いつもなら五月蠅いと怒鳴るほどの騒音。
 だが、全ての音が遠かった。
 己の名を呼ぶ声も、触れる華奢な手も、全てが遠く・・・・・・認識が曖昧になっていく。


「なんで、意識が朦朧とするまで放っておくかなぁっっ」


 微かに認識できた声は大きかったのだろうか、小さかったのだろうか。
 怒りに満ちた声音に呼び覚まされたかのように、記憶が不意にフラッシュバックする。
 あれはいつの頃の事だっただろうか。
 まだ、カレッジに行く前の頃のこと・・・・たぶん、12か13かそのぐらいの事だったような気がした。
















「なんで、意識が朦朧とするまで放っておくかなぁ」


 同じ顔をし、同じ声をし、同じ体形をした双子の兄が呆れながら言った言葉。
 それでも、彼の腕は同じ体格をした自分の身体に周り、ほぼ同じ体重をしている自分を支えて文句を言いながらも運んでくれていた。


「普通さこうなる前に自覚症状がでているわけなんだからさ、普通はその時点で一日ゆっくり休もうと思わない? いったいどこの企業戦士かって聞きたくなっちゃうよ? 君は僕と同じでまだ子供だっていう自覚あるのかなぁ。ぶっ倒れるまで我慢する必要なんてないのにさ。
 自分の体調にすら気がつかないなんて、限界を把握できない幼児と同じだよ? 頭が良いのか悪いのか、こういうの見ていると僕には時々判らなくなるよ」


 我慢しようとしてしているわけではなかった。
 ただ、動ける時に寝ていることの方が苦痛だった。
 多少、身体がだるいだけでは寝続けることは出来ない。


「いつも、本読んでいるだけじゃん。だったらベッドでも出来ることじゃないかな。
 デスクの前じゃなきゃ本を読んじゃ駄目なんて決まりないよね?
 それに、ゆっくりとリビングでくつろぐだけでも変わるのに」


 言われてしまえばそれまでなのだが、ジーンと違い目的もなくだらだらすることは性に合わなかった。
 時間は有効に使いたい。
 やりたいこと、知りたいことは山のようにある。
 周りは焦る必要は何もないと常に言っていたが、焦っているわけではない。もっと、色々なことを知りたかったのだ。
 後から思えば何かに貪欲までに飢えていたのかもしれない。
 新しい世界に来て、その世界に馴染むうちに、どんどん知らないことを吸収し己の血肉とし、満たされぬ何かを満たしたいと思うかのように、見知らぬ知識を求めていた  幼い頃。


「っていうかさ、性に合う合わないとか言う問題じゃないと思うんだけれど。
 まったく手のかかる弟だよね・・・今は僕が傍にいるからフォローできるけれど、一生一緒にいられるわけじゃないんだからね。判っている?」


 むろん。判っている。
 互いにそんな日のことは想像できないが、いずれ、互いに成人となれば別々の道を歩んで行くことになるだろうことは、誰に言われなくても判っていた。
 一卵性双生児に産まれようとも、一定期間特殊な環境下で育って以降とも、互い以外他の人間はいないと思っていた時期があろうとも、すべてが永遠ではない。
 互いの人生の一部が重なり、大半がずれていく。


「本当に、判っているのかなぁ・・・ねぇ、僕はもういないんだよ? 無理してもフォローできる人なんていないんだからね。自分をちゃんと労るって事いい加減覚えなよね」


 呆れたような声で問いかけられるが、言葉を口にすることは出来なかった。
 判っている。
 もう、ジーンはいない。
 いつか、別々の人生を歩んでいくだろう事は誰に言われなくても判っていたことだった。
 べったりとくっついて同じ人生を生きたいと思った事もない。
 ただ、時折どこかで会い、互いの近況を伝え会い、時には共に行動し、口論もするだろう・・・そうやって少しずつ時を過ごしていくはずだった。













 唐突に、何の脈絡もなく片割れの存在が潰えるまで。

 












「あまり心配かけちゃ駄目だよ・・・」
「あまり心配かけないでよ」



 




 少年期の自分の声に震えたソプラのが被さる。
 どちらが言った言葉だろうか、あまりにも綺麗に重なっていたため判らない。
 だが、両方ともそれぞれ言う言葉だろう。
 額に冷たい物が触れ、重い瞼をゆっくりと持ち上げると霞んだ視界に、滲んだ人影が映り込むが像がはっきりと結ばない。
 ただ、傍らでごそごそと動いている事だけは気配で感じ取れた。
 アレは看病の時もジッとしていることは出来ないタイプだった。
 あわただしくタオルを頻繁に取り替え、氷枕を作り、水を飲ませ、熱を測り・・・・甲斐甲斐しいというよりも、もう少し静にして欲しいと何度も思った・・・・・・・・だが、それは熱が見せた幻のはずだ。
 ジーンはもう傍らにはいない。
 冷たい湖のそこに沈み、物言わぬ骸となって再開を果たした・・・・数年前に。
 だから、これは記憶が見せる過去にしか過ぎない。


 だが、思う・・・・・
 ふいに・・・こうして、昔の記憶をかいま見たときに。


「ジー・・・・・・・・・・・・・・・・・・行・・・・・・・・・・・・・な・・・」


 掠れた声で呟くと、微かに息を呑むような声が聞こえたような気がしたが、なぜ息を呑んだのか判らないが、それを問いただす気力すらなかった。
 ただ、優しい手が不意に髪に触れ撫でていくのが判る。
 アレはこういう触れ方をしただろうか?
 いや、アレはもうこの世のどこにもいるはずがない。
 なら、誰が触れているのだろうか・・・・・・・
 疑問に思うが、やはり思考は働かない。


「ここに居るから、ゆっくりと休んで・・・・・・・・・・・・」


 記憶にある声よりも高い声。


「大丈夫・・・ナルを1人にしないから、だからゆっくりと眠って・・・・?」


 柔らかな指先が、髪をゆっくりと撫で、愛しむように頬に触れていく。
 華奢で確かな温もりを宿した指先が・・・・・・・・・・・・・・・






 意識がゆっくりと闇の中に沈んでいく。
 愛しい温もりに包まれて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・









「大丈夫だよナル。嫌な夢は見ないから・・・・・・・・だから、安心して眠って」








 優しい声と共に、額に触れる柔らかな温もり。
 身体の奥で凝った何かが、溶かされるようにほぐれていく。
 ああ・・・そうだ、これは片割れではない。
 アレは永遠に合うことの叶わない所へ行ってしまった。
 だが、もう1人傍らに居てくれる者が居た・・・・・・・・・・・・・・・・
 全く違う存在でありながら、どこか似たような存在。
 アレのように無くしたくはない、唯一の存在・・・・・・・・・・・・・

















「ど・・・・・・・・・・   な・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・衣」
















 


 囁きよりも微かな声は、それでも確かに麻衣の耳へと届く。
 その言葉に促されるようにして、 己の左腕に視線を落とす。
 まるで、命綱でも握るように強く握りしめられている。
 正直にいえばかなり痛い。おそらく指の形で圧迫痕が出来ているだろう。
 だが、それでもほどこうという気にはならなかった。
 熱で白い肌がいつもとは比べものにならないほど赤味を持ち、額には無数の汗が浮かび上がろうとも、何一つ変わらない表情。
 こんな時でも無表情で居る必要はないのに・・・・そう思っていたが、ふいに握り込まれた腕が、ナルの全てを物語っているように思えた。











「大丈夫だよ・・・ナル、私はこの手を離さないから    



























 ジーンのように、麻衣を無くしたくはない      






























 闇の底に沈みながら、ただ強くそれだけを願った。




















☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 うむ。またまたナル麻衣とは言い難い話になってしまった・・・・いや、これでも一応ナル麻衣のつもりで書きました。ええ、最後ちびっとそれらしいでしょう?最後だけかいとつっこみはいれないでねーん。
 これまた、予定していた話と全く違う展開に・・・・クスン。
 本当は夢の中ではジーンが生きていて、ジーンと麻衣がラブラブ。だけど、ナルの意識はジーンが死んでいる現実世界のままなので、その矛盾に大混乱。そのまま眼が覚めて麻衣に襲いかかる〜って予定だったんだけどさ(笑)
 書き上がった話はごらんの通りでございます。


 おかしいなぁ。ちゃんとストーリーの流れもきちんと決めていたのに。
 やっぱり最初に決めていた通りにはならないものだ。つーか、流れを決めた時点で満足してしまう、この妙な癖どうにかせねば(爆)


 またまた、お祭りというわりにはくらーい話になってしまってスミマセン(T▼T)
 ナル視点で淡々とした話しのうえ、定番的な病気ネタ・・・・・・・・偏愛つーことで、多少暗くても許してちょんまげ(あ・・・古っ。聞き覚えのないヤング世代の皆様はスルーを/笑)








2006/10/08 UP
Sincerely yours,Tenca