NO.8 僕の世界に君を閉じ込めたい





 その日午後の講義が休講となってしまったため、バイトまで僅かな空き時間が出来てしまった。
 時間などあってないに等しいバイトのため、早めに向かっても構わないのだが、友人達にせっかくだからとお昼を誘われランチを楽しんでから、バイトに向かうことにしたのだった。
 あまり校外で友人達と過ごす時間を作れないため、こういった時でもないと時間が作れなかった。
 バイト先に近ければその分ギリギリまで一緒に過ごすことが出来ることもあり、昼食は渋谷で取ることに決め、駅近くにあるパスタ屋へと足を運ぶ。
 平日の昼時を僅かに過ぎた頃に入ったせいか、待たされることなく窓際の席に案内され、程なく注文したパスタが運ばれてくる。
 他愛ないしゃべりに夢中になっているせいか、皿の中に盛られているパスタはいっこうに減らず、時間だけが過ぎていく。
 だが、それもやがて空になり食後のコーヒーを味わっていると、不意に向かいに座っていた友人の1人が窓の外を指さす。
「うわっ、すっごい美形。モデルかなぁ・・・テレビで見たこと無いし」
 それにつられて三人がそろってつられるように窓の外へと視線を向けた。
 通路側に座っていた友人達は場所がら見にくかったのか若干腰を浮かせて。
「うわぁ・・・・本当・・・すごいイケメン・・・っていうか、そう言う言葉じゃ合わないね。めちゃくちゃ綺麗な顔」
「すれ違う人皆振り返っていくねぇ」
「まさに美形って言葉がしっくりくる言葉だよねぇ。近くで見てみたい」
 二人も感歎のため息と共に賛美する言葉を漏らす。
 ただ、麻衣だけが言葉もなくぎょっと眼を剥いた。
 彼女らが見とれている人物は確かに文句なしに顔が整っていた。
 均整の取れた体躯をしており、雑多な人混みの中を何気なく歩いていても、まるでスポットライトが当たっているかのように眼が吸い寄せられる。
 すれ違う人々が無意識に、露骨に、様々な反応で振り返っていく。
 豪華絢爛と言うわけではない。全身黒ずくめでどちらかといえば地味な身なりなのだが、バランスの良い手足、整いすぎた容貌に無意識のうちに視線が吸い寄せられてしまう。
「軟派されてる」
「当然だよーあんなに格好いい人いたらあたしだって声かける」
「あたし達じゃ相手しれ貰えないよ」
「でも、声かけたらどんな声しているのか判るじゃん!
 あんだけ、姿が良いんだから声だってきっといいよ!!」
「うわぁ、名前囁かれたいっっっっ」
 友人達は夢の住人になりかけているのだろう。うっとりとしながら足下を通り過ぎていく漆黒の美青年に熱い視線を向けていた。
 彼女たちの頭の中では、自分の視線に気がついた青年が、何気ない仕草で顔を上げ眼と眼が合い、無言の会話をし、いつしか二人は引かれ会い・・・・・などと、今時どんな三流ドラマや小説や漫画でもそんな出会いはないから。とつっこみたくなるような展開を想像していた。
 やや興奮気味に言葉を交わしていく友人達の中で麻衣は1人ため息を漏らす。
 そんな麻衣の様子には一切気がつくこともなく、三人は夢の住人からちょっと戻る。
 まるで耳が聞こえてないかのように足を止めることなく通り過ぎていったため、あっという間に背中すら人混みの中に埋もれて見えなくなる。
 声を掛けた女性は唇を噛みしめながらも、まだ諦める気は無いのだろう。走り出したかと思うと青年の前に回り込んで、声を掛ける。
 青年が足を止めたのは僅か数秒。
 だが、言葉を交わしたのだろう。女性の顔からはみるみる間に血の気が引いていく。
「でも、振られた感じだね」
「当然って感じじゃない?あの人特別美人って感じじゃないし。
 あんだけ、綺麗な人ならもっとハイレベルな彼女じゃないと釣り合わないよ」
「はぁ、眼福ってこの事を言うんだろうねぇ。眼の保養させていただきましたって感じ? 
 なんかテレビに映っている芸能人が霞んで見えそう」
「モデルかな」
「でも、見たことないよ」
「ステージモデルとかじゃない? あたし雑誌に出てくるモデルは判るけれど、ステージはまったくだもん」
「背高かったし、手足もめちゃ長かったし!それに歩く姿もすっごい様になっていたよねぇ」
「ああいう人ってどんな人と付き合って居るんだろうね」
「実はさものすごい遊び人だったりして」
「というか女に困っていそうには見えないよね!すっごいクールで、来る物拒まず去る者追わず?」
「昔・・・少年時代に年上の女と付き合っていて、裏切られた経験があって、トラウマになっていたりして!」
「うわぁ、ドラマとかでありそう!!」
「んでさ、女はろくでもないと思っているの。未だに心の中には傷ついた少年の頃が居て、その傷ついた心を癒してくれる恋人をひっそりと待ち望んでいる・・・・・・・・・」
「あたしが恋人になりたい・・・・・・・・・!」
 妄想を膨らませ暴走をしだし、夢の住人になってしまった友人三人を麻衣は生暖かい眼で見つめる。
 なんだか、ものすごい人生像ができあがっているような気がするのは気のせいだろうか・・・・
 あのナルが少年期に年上の女に弄ばれて、トラウマ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・笑いを吹き出さないように無表情を保っているのがやっとの麻衣に、三人は一斉に視線を向ける。
「って、麻衣何1人黙っているのさ」
「もしかして気がつかなかった?」
「もったいない!!」
「いや、見てたよ・・・みたつーか・・・・」
 テンションに1人ついて行けず、妙な疎外感を覚えた麻衣はふと思うのだった。ここで、アレが彼氏です。と言ったらどんな反応をするのだろうか? 
「そう言えば、麻衣の彼氏も格好いいっていう噂だよね」
「え!? 麻衣彼氏いたの!?」
「うっそ。あたし聞いたことないよ!どんなタイプ!?」
「って、どっからそんな話が!?」
「否定しないって事はまじ!? マジでいたの!?うっそ、ショックー。じゃぁ、彼氏いないのってあたしだけぇ〜麻衣の裏切り者〜一人モン同士合コンやろうと思っていたのにぃ」
 四人の中で彼氏のいない一人が、テーブルの上に突っ伏しながら麻衣を恨みがましい眼で見る。
「恵子から聞いたよ。キッコの延々と続く彼氏自慢・・・ほら、キッコの彼氏K応大だからさ。でモデルもやっているらしくて。で、すっごい鼻高々に自慢していたときに、麻衣の彼氏の方がきっと100倍格好いいとか言ってたんだ。目も覚めるような美形だって〜
 で、実際はどうなのよ。自分の彼氏じゃないんだから誇張して言うとも思えないんだけどさ」
 女同士の話題は転がり変わっていくのが早いと言うが、さっきまで夢の住人だった彼女たちは、瞬く間に現実に戻り、ターゲットを麻衣に変えて質問攻撃を繰り出す。まさかいきなり自分が質問攻めにあうとは思わず、麻衣は眼を白黒させる。
「あ・・・いやぁ、まぁええ・・・・と」
「黙っている必要ないじゃん」
「だよねぇ、うちの大学? それとも余所の大学?」
「サークル仲間? そろとも高校の時の友達とか、誰かから紹介して貰ったの?」
「職場の・・・人かな」
 上司というと妙な誤解を受けかねないので、仕事仲間と伝えれば、彼女たちは勝手にバイト仲間と勘違いする。
「そっか、バイト仲間ならあたしたち面識ないもんね」
「で、芸能人に例えるならどんなタイプ?」
 むろん、それだけで質問が終わるわけがなく、一つ答えれば次の質問が飛び出す。
「え・・・いや、さっきの人・・・とか?」
 試しに呟いてみれば、三人はほぼ同時にきょとんとすると、まるで示し合わせたかのように大爆笑を店中に響かせる。
 周囲にいた人達が眉を潜めて一斉にこちらを見たほどだから、相当な煩さだろう。
 三人は気がつかないが麻衣は周りの白い眼にさらされ、居たたまれない。
「麻衣、それありえないからっっ!」
「もう、麻衣ってば例えるならもうちょっと判りやすいのにしようよぉ〜」
 判りやすいも何も本人なのだが・・・・大きなため息を一つつきたい気分になったのだが、麻衣はそれを笑顔で綺麗に隠す。
「あり得ないと思う?」
「だって、あんだけの美形だよ? 確かに麻衣かわいいけどさーでもあたしらと同じ凡人じゃん。
ありえないって。だいたいどこであんな美形と知り合えるってのよ〜
 あたらしたみたいな、一般ピーポーには知り合う場その物がないって」
「バレバレな見栄はる必要ないよ〜
 恵子達が麻衣の彼氏は美形って言ってたぐらいなんだから、それなりに格好いいんだろうけれど。でも、今の人と比べちゃ彼氏君がかわいそうだよ」
「そうそう、あたしらの彼氏なんてだーれも美形なんて言ってくれないモン」
「今度麻衣の彼氏紹介してよ〜って麻衣?」
 急に立ち上がった麻衣を三人はきょとんと見上げる。
 俯いていた麻衣だが顔を上げると、時計へと指さした。
「ごめん、私もうバイト行くね。お金置いておくから、足りなかったら立て替えておいて」
 麻衣は適当にお金を置くと、三人の返答を待たずに店を勢いよく飛び出す。
 端から見たら・・・・・・・自分とナルの関係を知らない第三者が見れば、付き合っているとはとうてい思えない・・・のだろう。
 それも仕方ない事だと判ってはいる。
 ナルの隣を歩くようになれば、いやでもそう思わざるにはいられない。
 皆がナルに見とれる。
 特に自分と年の変わらない女の子達は露骨に・・・そして、隣に居る自分の存在に気がつくとなぜか、皆同じような表情をする。
 嘲笑にもにたような、哀れまれているともとれるような・・・見ていてあまり気持ちよくない類の表情。
 被害妄想も入っているのかもしれない。
 そんな容姿で隣に居るのが恥ずかしくないの?と面と向かって言われたことも在る・・・
 それをいえば、多少容姿自慢程度ではナルの暴言にぐさりとやられるだけなのだが・・・・そして、その結果逆恨みを買うのは、ナル本人ではなく隣にいる自分になってしまうのは、納得できないものを感じるのだが、居るだけで人の視線を集めてしまうのはナルのせいではない。
 真砂子並の容姿をしていれば、お似合いのカップル。と認めて貰えるのだろうか。
 そう思わなくもないが、ならば誰に認めて貰いたいと言うのだろうか。
 身も知らない通りすがりの人間に、賛美されたいのだろうか?
 それとも、友人達に先ほどのように笑われないようになりたいとでも?
 ふと、足を止めてショップのウィンドウに映り込んだ自分を凝視する。
 特別美少女というわけでも、見事なプロポーションをしているわけでもない。至って平凡な容姿。頭だってナルの学歴に見合うようなレベルではない・・・身よりもなく、経済力もない。
 列挙していけば、マイナスポイントの方が多くなってしまうのが確実だろう。
 だが、判ってはいる。そんな事で自分を卑下する必要などないことを。
 例え容姿が優れていようとも、ナルと同等の頭脳をしていたとしても、両親や親族が居たからとしても、自分が自分でなかったのならば、きっとナルがこの手を取ってくれることはなかったに違いないと。
 そもそも、最初の出会いからして消え失せていたかもしれない・・・・・・
 谷山麻衣の全てを作っているものが、オリヴァー・ディビスと出会わせてくれたというのならば、十分ではないだろうか。
 それ以上を望む必要など何もない。


 『格好いい彼氏なんだ。モデルをやっているの。だから、街を歩くと皆が振り返るの。
 あたしのこと、すっごく羨ましそうに見ていくの。すっごい気持ちいい♪』


 彼氏自慢をしていた大学の友人の一人が言っていた言葉。
 どこが気持ちいいのだろうか?
 自分の彼氏を色目で見られることがそんなに気持ちいいことなのだろうか?
 見ないで・・・と叫びたい。
 ナルを見ようとしているその全ての眼をいっそうのこと、潰してしまいたい。
 だって、ナルは自分の者なのだから。
 見ないで・・・・・・そんな眼で、見ないでと、小さな子供が癇癪を起こすように、強く願わずには居られない。



















「なんなんだ、さっきから。人の顔を見てはため息をつくのは、失礼だと思わないのか?」
 視線はあくまで手元の本に落としながら、失礼だと思ってはいないような口調でナルが問いかけてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・閉じこめられることが出来たらいいのに」
 自分の問いに対して、何の脈絡もない言葉に、ナルは無視しようかとも思ったのだが、顔を上げて目の前まで歩み寄ってきた麻衣を見上げる。
 背後に背負う形になるライトによって、逆光になり麻衣の表情がはっきりと見えないのだが、ナルには今にも泣き出しそうになっているように見えた。
 バイトに来てから妙にため息が多い事には気がついていた。
 時折人の顔を見ては何か言い足そうにしていたことも。
 だが、特に麻衣の方から声を掛けてくることもないまま、バイトは終わり、こうしてナルのマンションに来ても麻衣の表情は晴れていなかった。
 本人が話す気のないことを積極的に聞き出そうと思うほど、せっぱ詰まった様子は無いため放置していたのだが、さすがに何度もため息をつかれればナルの気の方もめいってくる。
「ナルを、どこかに閉じこめることが出来たらいいのに・・・・・・・・・・」
「なぜ?」
「そうしたら、ナルを見て・・・触れることが出来るのは私だけになる  から」
 ナルの前に膝をついて座り込むと、ナルの頬を掌で包み込むように触れると、親指を伸ばして薄い唇に触れる。
「だからといってなぜ、僕を閉じこめたいとなる?」
 ナルが言葉を紡ぐたびに、熱を帯びた吐息が指先を掠めていく。
 その温もりに、麻衣の目が細められ、切なげな吐息を漏らす。
「・・・・・・・・・・誰もナルを見て欲しくないから」
 判っている。
 馬鹿なことを言っている。
 自分だけの世界にナルを閉じこめたからと言って、この焦燥が晴れるというのだろうか?
 その時はまた別の感情に支配されるだけではないだろうか。
 閉じこめたのならば、逃げ出されはしないだろうか・・・・
 自分だけが彼の中での唯一の人間になったとしたならば、飽きられはしないだろうか・・・と。
 己に自身がないために、次から次へと浮かび上がってくる、焦燥感に苛まれ続けるだけではないだろうか。
「僕を見ている人間が、この世に何人もいると思っているのか?」
 心底呆れたような言葉に、俯いていた麻衣は顔を上げる。
 悲愴な顔をしている麻衣に対し、ナルは一切の表情を浮かべてはいなかった。
「皆、いつもみるじゃない」
 街を歩けば・・・・街でなくても、どこにいても皆はナルにみとれているよ」
「僕の見てくれを  だろう。それは、僕を見ているとは言わないんじゃないのか?」
 ナルは己の容姿が人に与える効力を熟知している。
 世間一般的な美的センスに照らし合わせたとき、桁外れに優れている容姿をしているということも。仕草一つ、表情一つ、声の抑揚一つで相手にする人間にどんな影響をもたらせるかを・・・・20年以上その容姿と付き合っていれば、十分すぎるほど理解できる。
「見てくれは見ても、僕を見ようとする人間はいない。
 勝手な理想を・・・人物像を作り上げて、それに当てはまらなければ勝手に失望していく。
 それどころか、貴方はそんな人間ではないはず。と勝手に己が作りあげた人格を押しつけようとする。
 そんな人間にみられるのが羨ましいか?」
 ナルの言葉に麻衣は昼間の友人達の会話を思い出す。
 彼女達もナルの容姿から連想して、勝手にとんでもない人物像を作りあげていた。
 現実のナルが、彼女たちが夢想するような人物像で中立ったときは、勝手な思いこみにしか過ぎないというのに失望するのだろうか。
「なぜ、今更麻衣がそんなことを気にするのかは判らないが、僕が人に見られたからと言って、何があるわけではないんだ。人の顔をみては気が滅入るようなため息をつくのは止めろ。
 ため息をつきたいのなら、僕の居ないところでつけ。不愉快だ」





 
 判っている。
 独占欲なんかじゃない。これはただの醜い嫉妬だ。
 それもナルを見る数多の人達に対してむけるものではなく、ナルに対して抱いている嫉妬。
 浅ましいと思う。
 ナルに対する嫉妬はあきらかに八つ当たりだ。
 ナルの外見が良すぎるから、自分が嘲笑されてしまうのだと・・・・それこそ、醜い八つ当たり。
 判っているのに、止められない。
 ナルが、誰の目にも触れられなければ、自分がバカにされることはない。
 せめて、ナルの容姿がここまで整っていなければ、嘲笑されることなんて無かったはず。





 馬鹿な事を考えていると思う。
 まだ、独占欲からくるものなら良かった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・















 吐き気がしそうなほど、己の醜い感情に麻衣は、顔を歪めながら笑みの形を作る。

















「ごめん、今日は帰る・・・・・・・・・・・・」









 吐き気がこみ上げてくるほど、己の浅ましさに麻衣はそれ以上何も言わず、立ち上がるが通り過ぎ様ナルに腕を引っ張られ、抵抗する間もなく引き寄せられる。
 バランスを崩した身体はあっけないほど簡単にナルの腕の中に落ちる。
「何を気にしているのかは、僕には判らない。
 ただ、これだけは覚えておけ。
 僕は僕を見ようとしない人間に幾ら見られても、何も思わない」
 揺らぐことのない強い眼差しが、不安定な麻衣を射抜くようにまっすぐ見つめる。
「私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナルをちゃんと、見ている?」
 何も思われていないとは思わない。
 少なくとも、今ナルの周りにいる人間の中で誰よりも、思われていることは判っている。
 今の話の流れで推測すれば、ナルを自分は見ているからナルとこうして触れあえているのだろうか。
 

「数年前・・・・・・始めてお前の母校で会ったとき、お前だけが僕をみて胡散臭い顔つきをしていた」


 昨日のことのように思い出せる、数年前の出来事。
 あの時であった不審者とまさか、こういう間柄になるとは思わなかった。
「あの時、不審者だと思った・・・・・・・・・・・・・」
「そう、あの時からお前は僕の見てくれに誤魔化されることはなかった   
 舞い上がらない麻衣を見て、珍しい・・・と正直思ったのだ。
 それ以降も麻衣はナルの容姿に見とれることはあっても、それはナルの持つ特徴の一つと見なしていた。
 自信過剰な性格から、ナルシストのナルちゃんというニックネームを作っても、その枠組みをナルに押しつけることはけしてなかった。
 それがナルにとってどんなに新鮮な反応であったかは、麻衣にはおそらく一生判らないだろう。
「見てくれだけで判断する人間達が、何を言ったからとしても気にするようなことではないと思うが、お前は振り回されるに値することだと思うのか?」
 何を気に病んでいるのか判らないと言いながらも、しっかりと確信をついているナルの言葉に麻衣は言葉を続けることができなかった。
「僕の外見で近寄ってきた人間は、僕を知れば離れていく。
 その程度の人間の言葉に振り回されるな」
 そんな言葉に振り回されている麻衣に、さらに振り回されている自分が滑稽に思えてならない。
 その事まではあえて言葉にしなかったが、苦虫を噛み潰したかのような顔をするナルを見て、言葉にされなかった言葉を麻衣は何となくくみ取る。
「理解できたのなら、恨みがましい目で人の顔を見ながらため息をつくのは止めろ」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恨みがましい目をしてた?」







「お前がむやみやたらと整った顔をしているから、被害は全部こっちにくるんだとでかでかと書いてあったな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ポーカーフェイスを先に学ぶべきかもしれない。
 あまりにも考えていることが駄々漏れ過ぎというのも、いただけない。
 同時にやはりナルには何一つ叶わないと思う。
 自分ではナルのことがまったく判らない。にもかかわらず、ナルにはすべて見通されてしまっている。
 ナルにその事を言えば、全て顔に書いてあると言うのだろう。
「お前が僕に嫉妬する必要などなにもない・・・・そのままの    
 鼻の頭が触れ良そうな距離まで顔が近づく。
 焦点が合わなくなる至近距離に、どこまでも見通されそうな双眸にまっすぐ見据えられ麻衣は瞬き一つできず、その双眸を見返していた。
「今のままの・・・・・・・」
 唇と唇が触れ合いながら、微かな吐息に混ざって言葉が漏れる。
 続きの言葉は何が載せられるのだろうか。
 考えている内に、柔らかな温もりが唇を覆う。
 

 切なくなるような、苦しくなるような、混沌とした思いが、一つ一つ消えていく。
 何も知らない、友人達の言葉に振り回されていた自分が滑稽だったと、今なら思える。
 そう、彼女たちは何一つ知らないから・・・だから、ああいったのだろう。


「ねぇ、ナル・・・今度大学の文化祭があるの、来て欲しいな・・・・・・・」


 力強い腕の中に囲われながら、断れることは百も承知で切り出してみる。
 案の定、容赦なく断れるが、麻衣は数時間だけ付き合って欲しいと頼み込む。







 なにも、知らないというのならば、教えてあげればいい・・・・・・ただ、それだけのことにしか過ぎないというのに、友人達の言葉に傷つき、下らない嫉妬心に振り回されてしまった事が、今になって少し恥ずかしくも感じ、それを誤魔化すために麻衣は、離れていったナルの首に両腕を回して、挨拶のような軽い口づけをナルの唇に落としながら、数時間の約束をもぎ取るために、しばし粘るのだった。

 
 





☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 うふーん。麻衣チン嫉妬話。でございました。
 それも、今回の対象はぬわんとナル坊でございます(笑)
 嫉妬話と言うよりも八つ当たりざますね。
 あんたが、無駄に整いすぎた容貌をしているから、私が笑われるのよ、むきぃぃぃぃ〜〜〜〜!!な感じでしょうか。コメディー風にすると(笑)
 途中、ちょっとグルグルしちゃったので、若干堂々巡りな箇所が在るのも否めませんが・・・・まぁ、漸く当初の予定通りの話が書けました。
 ええ、おや?計画とちゃうべ?とならずにすみましたわ(笑)


 さて、お題も残り1話。
 そっちは、ちょっとシックに雰囲気を漂わせた話にしたいとおもいまするv



2006/10/22 UP
Sincerely yours,Tenca