NO.10 最後の時まで愛してあげる








 言葉にしなければ思いは伝わらない。
 だが、言葉にすれば全て正しく相手に伝わるのかと問えば、誰も断定は出来ないだろう。
 発せられた言葉は必ずしもまっすぐ相手に届く保証もない。
 また、発せられた言葉自身が、偽りを含んでいないという保証もない。
 言葉という物は確実なコミュニケーションでいて、実はものすごく脆く曖昧なコミュニケーションではないだろうか。
 動物たちのように簡単に成り立つピラミッド体制は持たない人間。
 どこか、自然の摂理からそれてしまった生き物。
 時々、なぜ人は複雑な思考回路を持ってしまったのだろうかと思う。
 もっと、単純明快な生き物なら、こんな眉を潜めるような事件は半減するのではないだろうか。
 世間を騒がせる事件の内いったい、何割が言葉の行き違いが原因で起きているのだろうか・・・・


 そして、幾人の人間達が思ってもいない言葉を平気で紡げるのだろうか・・・・


 些細な、どうでもいい物ならば偽りが含まれていても、数多の言葉の中に埋もれていくだろう。
 だが、たった一言が相手に与える影響力は、その人によって大きく変わる・・・・・







 だから、言葉は魔物で・・・・怖い物だと思う。














「私はナルに告白を求めるつもりはないよ    そう言ったら、綾子達にそれでいいのって質問攻撃されちゃった・・・・・」
 ナルと背中に寄りかかるようにして座り込んだ麻衣は、独り言を呟くように昼間あった事をナルに話す。
 ナルは聞いているのか聞いていないのか判らない。
 ただ、時折ページをめくる音が聞こえてくるだけで、何の反応も返ってこない。
 だが、それが麻衣には心地よかった。
 背中越しに感じる温もりを感じながら、膝を抱え込むと頭を膝の上に乗せて目を閉じる。
 昼間の事だった。
 綾子が何人目かの男を振った話から、話はそれて麻衣がナルに何回「愛の告白を受けたか」の話題になった。
 だが、今まで一度もナルから「好きだ」だの「愛している」だのは言われたことがないと答えてみれば、二人はナルの怠慢だとまるで我が事のように憤慨しはじめた。
 麻衣は別にそう言う言葉は必要ないと言ったのだが「なら、聞きたくないの?」とさらに質問を投げかけられる。
 聞きたいか、聞きたくないか・・・純粋に答えれば、聞きたいとは思うが、だからといって何が何でも聞きたいと言うわけでもなかった。
 どっちでもいい。というのが正直な感想なのだが、二人は聞く耳を持たない。
「いくら何でも、一度も告白してないなんて酷すぎますわ」
「んっとに何さまのつもりよ。」
 付き合うきっかけになった時ぐらいは・・・と一縷の望みを掛けても、麻衣は首を横に振る。
 未だかつてナルが己の思いを告げたないと知った二人は柳眉をつりあげ、まるで我が事のように怒りを露わにする。
 麻衣とナルが恋人同士という関係になって数年の月日が経つ事を考えて、綾子達はなんとしてもナルに言わせるべきと息巻いていたが、その瞬間麻衣はそれは止めて欲しいと訴えたのだった。
「無理矢理言わされた言葉なんて聞きたくない」
 怒るというよりも、泣き出しそうに見える麻衣の様子に、二人は慌てる。
 てっきり、麻衣も不満を抱いていると思っていたのだ。まさか、泣き出しそうになるとは思わなかったため、戸惑いを隠せなかった。
「でも、聞きたくないの・・・? 愛しているとか今まで一度も言われたことないんでしょう?」
「無理矢理言って貰たってしかたないでしょう。
 綾子は別れた人に、愛していると言われれていたけれど、許せなかったんでしょう?」
「だって、あたしは二股かけられていたのよ!? 許せるわけないじゃない! だいたい、そんな男の言う言葉にどれほど意味があるっていうのよ」
「じゃあ、綾子は無理矢理他人に言わされた言葉は信用できるの?」
 憤慨する綾子に対し、麻衣はいつになく冷静なまま静に問う。
「他者に強要されて、無理矢理告白された言葉には偽りはないかもしれない・・・でも、思いがあるとも思えない」
 イヤイヤ言わされる言葉はシャボン玉のように軽く脆いだろう。
 下手をすれば、苛立ちの方が前面に出てしまい、言葉に含まれた思いが字の意味とは違う物になってしまうかもしれない。
「麻衣、不安にならないんですの?
 今まで一度も思いを告げられたことがなくて、ナルが何を思っているのか判らないと思ったことはないんですの?」
「もちろんあるよ。ナルは普段から何考えているか判らないから、言葉にしてくれないと判らない事がいっぱいある。
 でもね、人は思ってもいないことを平気で言える生き物だって事も、私は知っているから、強要したりとかともお願いするつもりもないよ」
 心の中で思っていることと、正反対の事を人は言える生き物だ。
 裏と表のある生き物が人という複雑な生き物だ。
 母親が他界し、たった一人この世界に残されたとき、いやと言うほど人の表も裏を見る羽目になった。
 たった一人の肉親を亡くした麻衣を可愛そうと言った口で、裏では厄介者扱いをする人。
 同情という名で優越感に浸る人間。
 何か困ったことがあればいつでも頼って良いのよ。と言っておきながら、救いを求めるように顔を向ければ露骨にそらされる視線・・・・・・


 もしも、自分の周りにいた人達がそう言う人間ばかりだったら、自分は人を信じることは出来なくなったかもしれない。
 だが、幸運な事にそんな人間だけではなかった。
 心から母親の死を悲しんでくれた人が居た。
 何も言わず、助けてくれる人がいた。
 さりげない優しさが、寂しいとき傍にいてくれた・・・・・・・・
 言葉が全くなかったわけではない。
 だが、少ない言葉で・・・・必要なときに、必要な言葉をかけてくれた人達がいたから、自分は母親がいた頃と変わらないでいることができる。
 無条件に信じることは、怖い。
 無差別に人を信じることはできない。
 どこかで、他者が何を思っているのかを伺ってている自分が己の内の中に潜んでいる・・・・・
 言葉に潜む意味を考えると怖い。
 本当の意味が字面通りとは限らないことを知っているから。
 それと同時に、思いは自然と言葉になることであることも知っているから、自然と出た言葉を疑う気はない。











 あえて、母親が他界したときの事を話はしなかったが、何か察することは出来たのだろう。
 二人は麻衣がいいなら、余計なお節介はしないと約束をしてくれ、この話はそれで流れ、話は綾子の失恋話・・・もといい、振った話へと陽気なまでに変わっていった。













「言葉にされないからって、何も思われていないとは思ってないし」
「そう言いながら、歪曲な形で強要していることにならないか?」
 綾子に告白されないなんて変だと言われたと言うことは、告白しろと言っているようにも確かに聞こえる。
 まったく話を聞いてないように思えたが、その実しっかり聞いているナルに麻衣は微笑を漏らす。
 綾子や真砂子には言わなかったが、直接的な言葉で告白されたことはないが、間接的な言葉や仕草、触れあい・・・・たわいない言葉のやりとりの中に、ナルの思いを感じ取ることが出来る。
 それは、思いこみも入っているのかもしれない。
 そうであって欲しいという願望が思わせているだけかもしれない。
 言葉のやりとりでもどれだけ真実をつかみ取れているか判らないのだから、それで十分でないだろうか。
 なにより、この世で思いを告げる言葉は「好きだ」とか「愛している」のたった二言だけしかないと言うわけではない。
 己の思いを告げる単語の数は、山のようにあるのだから。
「別に、好きだとか愛しているとか、たった二つの単語を強要するつもりはないよ?
 誰にでも言えるような言葉よりも、大切な言葉をもらっているから・・・・」
 麻衣は身体を起こすとナルを背後から抱きしめ、滑らかな白い肌に頬をすり寄せると、ナルは己の首に回っている手に手を重ねる。




 ナルでなくても好きと言える人はたくさん居る。
 愛していると言える人も、いつか遠い未来幾人も出来るだろう・・・





 だが、ナルにしか言えない思いがある。
 ナルからしか欲しくない思いがある。
 他の誰も変わりに言うことの出来ない、たった一つの思い・・・・・・・・・・・・







「最後の時まで、一緒に居て」
「約束したからな・・・・その時まで、居てやる」










 最後の時がいつかなど、誰も判らない。
 だが、その時を一緒に迎えてくれると約束してくれたのだから、たった二つの単語は永遠に聞くことができなくても構わない。
 そこに、宿る思いは同じだと、確信を抱いているから、他の言葉は何もいらないと・・・そうはっきりと、大切な人に向かって囁く・・・・・・・・・・



















☆☆☆ 天華の戯言 ☆☆☆
 お祭りラストのお話です!
 なかなか上手くまとまらず、微妙な展開になってしまいましたσ(⌒д⌒;)ははっ・・・
 お題は、「最後の時まで愛してあげる」でしたが、愛してあげる→居てあげるに変更しちゃいましたが、ニュアンスは同じと思ってくださいませ(ここで、説明するようじゃまだまだだ・・・・・)
 だって、この流れで「愛してる」と言わせたら、おかしくなっちゃいますもの(笑)
 私的ナル麻衣は「愛してあげる」という言葉よりも「傍にいる」という方が、しっくりくるかな〜って感じなのでv
 いや、それネタに同人(永遠の傍ら)書いたけどさ(笑)
 初めは調査後の話にしようと思いました。
 愛した人に裏切られて殺されちゃった人を除霊した後の話にしようかなぁと思ったのですが、流れが上手くまとまらず今回の展開に必要。
 綾子や真砂子はやきもきしていますが、別の言葉でしっかりとコミュニケーションをとっているというだけなのざます(笑)
 思ったより、しっとりとナル麻衣らしく話をまとめる事は出来ませんでしたが、楽しんでいただけたら幸いです♪



ではでは、コレにてお開きになります!
約1ヶ月半おつきあい下さいましてありがとうございました!
RINKOさん、お疲れ様でした!!
今度は、冬コミの原稿頑張ろうね♪











2006/10/31 UP
Sincerely yours,Tenca