吾妻山スキーワンデルング
1962年3月
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吾妻連峰(高山より) |
始めてのスキーワンデルング
3月20日(火) 上野 23:40 →
3月21日(水) 6:25 福島 バス → 7:52 高湯温泉 8:31 → 1:23 微温湯温泉
初めてのスキーワンデルングの期待と不安を胸に上野駅で夜行列車に乗った。翌朝、福島駅でバスに乗り換え、高湯温泉に向かった。高湯温泉は新雪でうっすらと雪化粧をしていた。
8時半、スキーにシールをつけて出発した。ザックがぐっと肩に食い込む。1番の指導標に従って林の中に入る。高湯の1番から始まり、今日の宿、微温湯(ぬるゆ)は100番である。シールはしっかり雪を押さえ快調だ。指導標は左側の木や電柱に取りつけられ、極めて分かりやすい。湿った雪がいつの間にか雨になっていた。4ピッチで県道に突き当たり、平坦な雪道をさらに1ピッチ進むと、道を塞ぐように古びた木造の旅館が建っていた。微温湯温泉だった。
素泊まりだが、旅館に泊まれるのは楽でいい。雪に閉ざされた旅館に他の客はいない。温泉も誰に遠慮することもなく使い放題。名前の通りぬるい湯だったが、長い間浸かっていてものぼせる心配はない。窓の外は雪景色。何という贅沢だろう。
吾妻小屋、小屋番に叱られながら飯を炊く
3月22日(木) 微温湯温泉 7:07 → 11:40 スカイライン → 12:43 吾妻小屋
翌朝、雨はすっかり上がっていた。旅館手前の並木から指導標に従って進む。雪はアイスバーンになっていてシールがあまり効かない。尾根状の所に取りつき小高い丘を登ると、吾妻小富士が頭を出した。小振りだがきれいなコニーデ型をしている。正面から強い西風を受けながら黙々と足を運ぶ。3ピッチ登り、岩陰に風を避けて昼食を取った。
吾妻小富士の麓をゆっくりと回りながら高度を上げていく。シールの留め紐が切れたり、弛んだりする者が続出、度々待たされる。右下から登ってくる自動車道に合流。雪に覆われ冬期は通行止めになっている。しばらく道路の上をつぼ足で行くと、白一色の雪原にコンクリート製のレストハウスが見えてきた。雪がすべてのものを柔らかく覆い、山は太古の自然を取り戻していたが、廃墟のような建物だけが醜い姿を晒していた。
再びスキーをつけ、浄土平を突っ切って吾妻小屋に到着した。しっかりとした小屋だった。
一休みしてから、近くの斜面でスキーの練習をした。
ひげをはやした小屋番がいて、炊事場でドタバタ自炊する僕らにあれこれ注意するので少々居心地が悪かった。
東吾妻山、一切経山を踏破する
3月23日(金) 吾妻小屋 6:17 → 8:03 東吾妻山頂上 8:20 → 10:15 鎌沼 → 11:27 一切経山頂上 11:48 → 13:30 吾妻小屋
快晴である。今日はサブザックで付近の山をスキーワンデルングする。桶沼(もちろん雪で覆われている)の縁を回って、蓬莱山と東吾妻の鞍部に向かう。シールが気持よく雪を捉える。鞍部から針葉樹の疎らな所を辿り東吾妻山頂を目指す。青い空、白い雪、雪をかぶった針葉樹、晴れた日の雪景色は素晴らしい。吾妻小富士が目の下になり、火口の縁もよく見えた。2ピッチで1975mの東吾妻山頂に達した。北西の風が強く、また折悪しく雲がかかってきて、遠くの山が見えないのは残念だった。いよいよ粉雪の中の大滑降と思ったら、リーダーは安全のためシールをつけたまま直滑降するように命令。いささかスキーに自信のあった僕はがっかり。シールをつけたままだと不規則にブレーキがかかるので滑りにくい。上部の急斜面をズルズル滑って、中腹で昼食となった。風下なので風もなくポカポカと暖かい。もう春の日射しである。
いよいよシールを外し、鎌沼を目指して一気に滑り降りる。粉雪が舞い、スキーツアーの醍醐味を満喫する。雪に覆われた鎌沼を横断し、前大巓から一切経山に登り始める。強風が吹きすさぶ裸の斜面はカチカチのアイスバーンになっている。シールをつけるとエッジが効かないので、シールを外す。斜登降、キックターンで進むが、角度の定まらないスキーに苦労する。頂上に近づくと、雪が飛ばされ岩が出てきたので、最後はスキーをデポして1949mの一切経山山頂に立った。重い雲が空を覆っていたが、家形山、東大巓、西吾妻が望まれ、眼下には半分雪に埋まった五色沼の青い水面が見えた。
下りはアイスバーンに大苦戦。まったくエッジが効かず、始めたばかりの足前では歯が立たなかった。転んだらなかなか止まらない。1人が50mも滑落したので皆肝を冷やした。ようやく緩斜面に下りてきて、後はボーゲンで滑り降りた。
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東吾妻山に登る |
東吾妻山にて天突き |
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タルミ(休憩) |
一切経山を目指して |
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シールを外す |
家形山と五色沼 |
幕の湯で疲れを癒す
3月24日(土) 吾妻小屋 6:10 → 7:00 鳥子平 → 8:10 高山頂上 8:40 → 9:12 鳥子平 10:00 → 八丁坂 → 11:40 幕の湯
2日間泊まった吾妻小屋に別れを告げ、幕の湯に向けて出発。しばらく自動車道の上を行き、指導標に従って左に入る。滑らかな雪をスキーの先端でシュッシュッと切り分けて進むのは何ともいえず爽快である。1ピッチで鳥子平につく。空は良く晴れ、風もない。高山を往復することにする。濃緑の針葉樹の間を快調に登り、1ピッチで頂上に出た。東吾妻、一切経が手に取るように見えた。
鳥子平に戻り、ザックを背負って幕の湯に向かう。等高線に沿って30分も進むと八丁坂に差しかかった。狭い切り開きの急斜面だった。トップは慎重に斜滑降、キックターンで下りるが、幅が狭いのではなはだ非効率である。スキーを始めたばかりの1年生はやたらに転び、なかなか先に進まない。重い荷物を背負って転んだら非常に体力を消耗するので、転ばないように必死に頑張る。半分程下り斜度も緩くなった所で、トップはボーゲンで滑り始めた。後に続く初心者はちょっとしたギャップにもバランスを失い、ズデーンと大きな穴を開けて転ぶ。その度に急ブレーキをかけなければならないので、350mの急斜面を降りきった時は太股がパンパンになっていた。
斜面を下りきった所に今宵の宿、幕の湯温泉があった。
一休みした後、近くの斜面でスキー練習をした。宿に帰ってくると、安達太良山が夕日に染まっていた。
温泉は大きな木の浴槽で、湯加減もよく、気持よかった。湯船に浸かり手足を伸ばすと一日の疲れが消えてゆくような気がした。
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東吾妻山 |
吾妻小富士 |
土湯峠で磐梯山を見ながら昼食
3月25日(日) 幕の湯 7:27 → 10:02 土湯峠 12:28 → 13:05 横向温泉
今日も快晴である。しばらく林間をボーゲンで滑り、「土湯へ10.0Km」の道標がある所から荒川にかかる橋までスキーを担いで下りた。そこからシールをつけ、トラバース気味に登り始めた。ずっと右上がりの斜面なので、片足が妙にくたびれる。もういやになる頃、広々とした土湯峠に飛び出した。目の前に白銀に身を固めた磐梯山が蟠踞していた。上空は真っ青に晴れ渡っていたが、茫洋とした地平はすでに春霞をまとっていた。微風が汗ばんだ頬に心地よい。僕らは憧れの目で眼前の景観に見入っていた。
今日の宿、横向温泉まではバス道で転びようもなく、スイスイと30分程で滑り下りた。
午後は近くのゲレンデで練習した。強い日射しに雪は重くなっていたが、僕らは飽きずにスキーの練習をした。
横向温泉磐梯荘は大きな旅館で、明るい畳の部屋に泊まることができた。浴槽も立派で、夜は布団で寝られた。山に来てこんな立派な旅館に泊まるのは空前絶後のことだった。
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磐梯山を望む |
顔も凍る箕輪山の登り
3月26日(月) 横向温泉 7:13 → 8:05 森林限界 → 9:05 箕輪山頂上 → 9:38 森林限界 → 10:35 横向温泉
翌日サブザックで箕輪山に出かけた。旅館裏手の尾根をシールを効かせて登り始める。1ピッチで樹林帯の端に達した。見上げる斜面は雪煙が渦巻いている。スキーをデポして、つぼ足で登ることになった。雪はウインドクラストしていてそれほど潜らない。南西の風が物凄く、顔の右半分が凍りついて痛くなる。そのうち感覚がなくなってきた。風下に顔を向け、雪煙の中を遮二無二登り、1ピッチで箕輪山の頂上に達した。あまりに風が強いので、写真を撮るとすぐに下山した。木に囲まれたデポ地に逃げ込んだ時は生き返ったような気がした。3月の山はちょっと天候が悪化すればたちまち厳しい冬山に変貌することを思い知らされた。後は横向温泉まで林間滑走を楽しんだ。
合宿解散後、猪苗代スキー場へ
3月27日(火) 横向温泉 8:55 → 11:20 沼尻 電車 → 猪苗代駅
合宿最終日である。横向温泉から林間を滑ってゆくとバス道に出る。ブルドーザーで除雪されているのでガタガタ滑りにくい。そのうち雪がなくなり土が露出してきたのでスキーは諦め、スキーを担いで沼尻まで歩いた。
初めてのスキーワンデルングは天候にも恵まれ非常に楽しいものだった。容易に人を近づけぬ雪の山野は、そこに近づく努力をした者にのみ汚れなき美しさを見せるのであろう。
沼尻で解散後、H君と猪苗代の民宿に泊まり、翌日、猪苗代スキー場の天辺まで登り、赤埴山を越えて沼ノ平までスキーワンデルングを楽しんだ。
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