南ア北部の名峰、甲斐駒、仙丈に遊ぶ
(1976年9月)
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薮沢新道より甲斐駒ヶ岳を見上げる |
甲斐駒ヶ岳より仙丈岳を望む |
手強い黒戸尾根を5合目小屋へ
9月22日(水) 新宿 23:55 →
9月23日(水) 韮崎 → 竹宇駒ヶ岳神社 → 笹ノ平 → 刃渡 → 五合目小屋
恒例の秋の連休登山はKさん、若手のS君、N嬢、O嬢と甲斐駒、仙丈に行くことにした。まだ未踏の3000メートル峰仙丈を狙ったのは筆者の陰謀である。
新宿発の夜行で、韮崎に着いたときは真っ暗だった。駅前でタクシーを拾い、竹宇駒ヶ岳神社で降りる。タクシーが引き返していくと、鼻の先も分からぬ真っ暗闇。慌ててヘッドライトを取り出す。握り飯を食い、幾分明るくなってきたので、出発。
尾白川にかかる吊り橋を渡ると、すぐに黒戸尾根の急登となる。夜が明けてきて、天気もまずまずのようだ。しっとりとした山道の感触が心地よい。うっそうとした樹林のジグザグ道を黙々と登る。水場で一息。一面のクマザサになり、ひと登りで笹ノ平に着く。
八丁登りの急登になると、針葉樹が多くなり、尾根が狭くなる。刃渡りの岩場は鎖を頼りに強引に体を引き上げる。女性陣も健気に登ってくる。梯子や鎖場がところどころに出てくる。黒戸尾根はなかなか手強い。1873メートルの独標を越えると、斜面は緩やかになる。黒戸山の右を捲くと、道は下り坂になる。眼前に甲斐駒の白く輝く山頂が見える。
5合目小屋は最低鞍部の手前の斜面にへばりつくように建っていた。向かいに聳え立つ壁のような斜面がいやでも目にはいってくる。あんなところを登れるのだろうかと思うほどである。
若い女性連れの旅は楽しい。夕食を作るのも、食事も、食後の語らいも笑いが絶えない。
白く輝く甲斐駒ヶ岳
9月24日 5合目小屋 → 7合目小屋 → 8合目 → 甲斐駒ヶ岳 → 駒津峰 → 仙水峠 → 北沢峠 → 大平小屋
最低鞍部まで下り、屏風岩を登る。高さ40メートル。梯子や鎖、鉄線があるので、思ったほど怖くはない。しばらく岩場が続く。韮崎あたりから見ると、スパッと左端が切れ落ちて、あんなところに道が付いているのだろうかと思う辺りであろう。こんな急斜面の岩場に木が生えているのが不思議である。昔、ワンゲルの仲間が南ア全山縦走で40キロもの荷物を背負ってこの尾根を登った。大したもんだ。小潅木が多くなり、やがて7合目小屋に出る。
7合目を過ぎると、森林限界を超え、傾斜も緩やかになる。眺望が開け、鳳凰3山が間近に見える。その左に富士山が頭を出してきた。
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鳳凰山と富士山 |
ハイマツの斜面を登り、8合目の石の鳥居を潜ると、白く輝く山頂が見えてくる。
花崗岩の稜線をザクザク登り、左に地獄谷奥壁が落ち込む鎖場を過ぎれば、白い砂を踏みしめて、甲斐駒山頂に達する。1等三角点のある山頂は立派だった。何よりも花崗岩の岩と砂で雪のように輝く明るい山頂は独特のものがあった。まずは眺望を楽しもう。眼下の仙水峠からせりあがる尾根が、アサヨ峰から鳳凰3山に続き、アサヨ峰の右上に北岳が抜き出ている。そのうしろに間ノ岳、塩見岳、荒川岳、赤石岳までが連綿として重なっている。景色を見ながら昼食。
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北岳、間ノ岳、塩見岳を望む |
摩利支天の鞍部まで下り、右の捲き道にはいる。ザクザクと斜面を横切っていくと、ダケカンバとハイマツが出てきて、稜線に出た。岩尾根をなおも下ると、鞍部に花崗岩が群生したような六方石がある。痩せ尾根を慎重に通過し、しばらく登ると駒津峰である。眺望が素晴らしく、北岳、仙丈は指呼の間にある。
稜線通しの道に分かれ、左の尾根を一気に下る。すぐに森林帯に潜り込み、なおも急な斜面を下降すると、岩がゴロゴロしている仙水峠に飛び出した。見上げる摩利支天が圧巻である。甲斐駒の白い頂きが白い雲と渾然となり、眩いばかりだ。
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甲斐駒ヶ岳を振り返る |
ゴーロ状の斜面の岩から岩へ足を運んでいると、ケルンの林立する岩原に出る。シラビソの原生林になり、いつの間にか北沢の流れが始まっていた。何度か渡り返して、北沢長衛小屋の前を通る。林道を北沢峠に登り、10分ほど信州側に下った大平(おおだいら)小屋に靴を脱いだ。
カールが見事な仙丈岳
9月25日 大平小屋 → 馬ノ背 → 仙丈岳 → 小仙丈岳 → 大平小屋 → 戸台
今日は薮沢から馬ノ背に出て、仙丈、小仙丈を通って、小仙丈尾根を下る周回コースである。
薮沢新道は大平小屋の前から始まる。樹林帯をトラバース気味にスタートすると、やがてジグザグの登りとなり、薮沢の大滝を望む尾根に出る。再びトラバース道になり、薮沢に合する。沢沿いの気持ちよい道を歩き、大分流れが細くなった頃、道は右の草原に向かう。ダケカンバの白い幹が明るい。夏には素晴らしいお花畑だろう。その代わりに秋の底抜けに透明な紺色の空があった。馬ノ背の稜線が一段と引き立っている。苦もなく尾根に飛び出し、朝日を受けて広い尾根を登り始める。森林限界を超え、ハイマツの緑が目に染みる。早くも仙丈岳が優美な姿を現した。これはもう、鼻歌交じりの気分になってくる。Kさんはこの寒さに短パンだ。短パンをはくと元気になるようだ。尾根を離れ、左に薮沢カールのモレーンを行くと、仙丈小屋がある。水場もあり、こんなところでのんびりしてみたいものだ。カールの底を歩いていると、月面を歩いているような気分になる。有機物の何一つない荒涼とした砂礫地だ。カールの壁に取り付き、突き上げ、再び稜線に出た。
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カールの縁で |
天地の境を快調に登り、程なく仙丈岳に着いた。
展望絶佳。白根3山、甲斐駒、富士山、八ヶ岳、それこそ枚挙にいとまがない。足下に深く切れ込む薮沢、小仙丈、大仙丈のカールがいやがうえにも高度感を醸し出す。仙丈岳は彫りの深いギリシャ美人のような山だった。
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仙丈岳山頂にて |
小仙丈尾根の天辺を縫うように白い道が続いている。左右のカールを見比べながら、小仙丈岳に向かう。
小仙丈岳で一休み。四周に名残の一瞥をくれて、急下降開始。間もなく森林帯にはいり、あとはひたすら長い尾根道を下る。北沢峠に降り立つと、余韻を楽しみながら大平小屋に帰還。
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大平小屋を後に |
まだ時間も早かったので、戸台まで下りることにした。いかにも南アらしい八丁坂の深い樹林帯を抜けると、戸台川の広い川原に出る。鋸岳の鋭い岩峰をチラチラ見ながら、ケルンやペンキ印を追って荒れた川原を進む。やがてトラック道が現れ、戸台に着いた。バス停近くの売店とも食堂ともつかぬ宿に荷を解いた。 風呂にはいり、宿のサンダルを引っ掛けて前庭に出てみると、涼し過ぎるくらいだった。家に帰る喜びと、山を去る寂しさが交錯する。コスモスが風にそよいでいた。
翌日、バスで城下町高遠を通り、伊那北で列車に乗った。
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