聖岳、最後の3千メートル峰に挑戦

(1984年8月)

 
聖岳
下山中に樹間から見た聖岳

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椹島までミニバスで行けるとは有難い

8月10日(金) 自宅 6:30 → 7:22 新横浜(新幹線) → 8:40 静岡 → 9:50 新静岡バスターミナル(バス) → 13:20 畑薙第1ダム 14:30(マイクロバス) → 15:30 椹島小屋
 新静岡からのバスは8割方埋まる。ラジオでロスアンゼルス・オリンピックの柔道の中継をやっている。日本選手はすぐ敗退。バスは安倍川を遡り、富士見峠を越えて井川に出る。ここまで2時間半、さらに未舗装道路を1時間走って畑薙第1ダムに着く。
 夏雲が覆いかぶさっている。登山届けを提出して、リムジンバスに乗る。以前はここから椹島まで歩いたのだから、随分楽になった。ガレ場が迫り、落石がありそうなでこぼこ道をバスはゆっくり走る。大吊り橋のすぐ上で湖底が干上がっている。10年前はもっと上流までまんまんと水をたたえていたのだが。
 3時半に椹島着。今回は蒲鉾型の山小屋ではなく、ロッジに泊まる。別棟の2段ベッド部屋に同宿者が7〜8名。風呂まで付いているのは有り難い。
 夕食後上段のベッドにはいってウィスキーをちびちびやっていると、下段で年配の単独行男が夫婦連れを相手に、自分は百名山を80程登っていて、今回荒川、赤石を回って、その後すぐに岩木山に行くのだと得意げに話している。夫婦連れは感心して聞いている。小生は百名山に幾つ登ったからといって別段敬意を表する気にはなれないが、かくいう小生も3000メートル超の山を全部登ろうとしているのだから、同じようなものだ。今回聖岳を登れば目標を達成してしまうことになる。その後どうするか考えてもいなかったが、次は百名山でも登ってみようかという気になってきた。

聖の大斜面に、南アの大きさを再実感する

8月11日(土) 4:45 椹島小屋 → 5:25 聖岳登山口 → 6:15 出会所小屋 → 6:30 吊り橋手前の水場 7:00 → 10:00 滝見台 → 11:20 聖平小屋 12:00 → 13:00 小聖 → 14:00 聖岳 14:50→ 16:00 聖平小屋
 自家発電が4時に唸り出す。薄暗がりの中を出発する。林道を40分程畑薙ダム方面に逆戻りして、熊打沢に付けられた登山道を登り始める。朝露に濡れた草にズボンの裾が湿ってくる。登り切ると左に伐採跡の斜面の長い捲道になる。かんかん照りの直射日光にさらされて汗が噴き出る。廃屋のような無人小屋を過ぎ、二つめの水場で朝飯を取る。椹島小屋で作ってもらった握り飯はでかい。
 程なく鉄製の吊り橋を渡ると、いかにも南アルプスらしい樹林帯の中の登り道になる。下草の間をつづら折りに付けられた気持ちよい山道で、どんどん高度を上げてゆく。汗がぽたぽた滴り落ちる。苦しくなって立ち止まる回数が多くなる。今までになかったことなので些かショックを感じる。7年振りの本格的登山なので無理もないと自らを慰める。荒れ果てた小屋が見える桧平を通過、聖沢の対岸に聖岳が姿を現す。傾斜が緩やかになり、北向きに捲いて涸れ沢を渡ると、対岸に4段の細長い滝が見えてくる。滝見台である。
 
大滝
4段の滝
 
ガレた急斜面を聖沢に下り、丸田の橋を渡り、もう一つ涼しげな沢を渡った。
 
  
聖沢にかかる丸太の橋 聖沢
聖沢を渡る丸太の橋 聖沢の清流
 
 平らな林の中の道となり、やがて広々とした草原となる。気分良く歩いてゆくと、池のような水溜まりにぶつかった。確かに道は水の中に消えている。数日来の夕立で聖沢が幅20メートル程のダムになってしまったようだ。ままよと水の中にはいる。深さは膝位で大したことはない。じゃぶじゃぶ50メートル程歩くと、幅が狭まり、右岸に道が見えてきたので上がった。どうやら右側のヤブのなかに水溜まりを避ける踏跡があったようだ。もっと慎重に道を捜すべきだったと後悔したが、後の祭りである。その先は普通の小沢になっていた。ケルンが積んであるところで石伝いに右岸に渡り、靴を脱いで水を出し、靴下を絞った。
 さしもの聖沢もちょろちょろとした幅1メートル程の小沢になっていた。しばらく沢沿いに緩い斜面を登ってゆくと、聖平小屋に着いた。途中何組か追い抜いて、一番乗りだった。
 小屋の中にはいり、一番居心地のよさそうな場所にザックを下ろし、昼食。時計を見たらまだ11時半なので、今日中に聖に登ることにする。
 サブザックに水筒、カメラ、缶詰を入れ、12時丁度に出発。のんびりと聖平を登ってゆくと、聖岳と上河内岳を結ぶ縦走路に出る。
 
  
聖平 上河内岳分岐
開放的な聖平 上河内岳への登山道
 
 右の林にはいり、薊畑を過ぎてダケカンバの美しい樹林を急登する。呼吸が切迫、下山してくるパーティーとすれ違うときだけ呼吸を押さえて平気を装う。ガレの端を通り、上り下りを繰り返し、右に斜上すると小聖岳に出た。空身にに近いのに足が重くなる。痩尾根をアップ、ダウンし、聖岳の大斜面に取り付く。森林限界を抜け、ザクザクの砂礫帯を這いつくばるようにして登る。まるで巨象に取り付く蟻のようだ。ガスがかかって視界は20〜30メートル。ガスの中に見え隠れする左右の山端の線が少しも近付いてこない。とてつもなく広い斜面だ。晴れていればどんなに爽快だろう。誰もいない霧の山腹を一人苦闘する。ようやく左右の稜線が狭まり、遂に大きなケルンと方位盤のある聖岳の頂上に立った。時に2時。40歳を過ぎて、まだ山への憧れを捨てない我になにがしかの満足を覚える。パイナップルの缶詰で3000メートル峰完登を祝す。
 
聖岳
聖岳山頂
 
 一息ついてから奧聖岳に向かう。出だしにかなりの岩場が続いたので、引き返そうかと思ったが、弱き心を叱咤して前に進む。間もなくハイマツの幅広い稜線になり、鞍部で雷鳥に迎えられる。20分で奧聖岳に着く。広い頂上には誰もいない。岩の上に腰掛けて休んでいると、北側のガスが薄れてきて、兎岳への急峻な尾根が足下に見えたきたかと思うと、その先に堂々たる赤石岳が姿を現した。小生は息を飲んでその景観に魅入られていた。その時、眼下にどこかのワンゲルの6人パーティーがのろのろ登って来るのが見えた。彼らは頂上の端っこに荷を降ろした。中の一人がザックごとひっくり返ったまま目を瞑っている。リーダーが「お前のために予定が狂ってしまったんだぞ」と怒鳴っている。いつまでもねちねちと苛めているので、こちらの気分も悪くなってきた。この神聖な山頂で、何と志の低い山登りをしているのだろう。早々に腰を上げて帰路に付いた。
 
  
聖岳と奧聖岳鞍部
緩やかな聖岳と奧聖岳の鞍部
 
 
奧聖岳
奧聖岳山頂
  
 夕立の心配がなさそうなので気分的には楽だが、聖岳からの下りは押さえの効かなくなった足をだましだましチンタラ下る。1時間掛かって4時に小屋に辿り着いた。
 コッフェルで湯を沸かし、パックの米飯と、缶詰のビーフシチューを温めて食する。スーパーに並んでいるのを試しに持ってきたのだが、簡便なのはよい。味は今一つだったが、食器も汚れず後片付けも楽だった。食後の紅茶にレモンをたらし啜っていると、満ち足りた気分になってきた。小屋は賑やかで、ランプの灯の下のそこここで楽しそうな食事が始まっていた。女性のいるパーティーの献立は豪華だ。単独行の小生としてはもはや何もすることがない。ピューターフラスコのウィスキーをチビリチビリ飲んで、シュラフに潜り込む。ズボン、シャツを着たまま、もちろんじめじめした下着もそのままである。山では当たり前のことだから、そのうち眠ってしまう。

暑さと空腹でフラフラになって椹島小屋に辿り着く

 8月12日(日) 聖平小屋 4:25 → 8:00 林道 → 8:35 椹島小屋 8:50 リムジンバス → 9:40 畑薙第1ダム 10:30 → 14:00 静岡 14:18 新幹線 → 横浜
 3時頃から早立ち組がごそごそ起き出す。こちらは下山するだけなので、シュラフの中でしばらく寝ている。4時前に起きて、紅茶を沸かし、朝食。フランスパンは喉の通りがよくない。4〜5口かじっただけで諦め、パッキングして、まだ暗い小屋を出る。足下に目を凝らして慎重に歩き始めたが、次第に明るくなってきたのでスピードを上げる。途中の水場で、水分補給。残った果物類はレモン一つのみ。コップに絞って砂糖と水を足して飲む。美味い。3時間半で林道に降り立ちほっとする。猛烈な空腹を感じたが、フランスパンをかじる気はしない。今回は重荷を気にして水分の多い果物や缶詰を減らしたのが失敗だった。仕方なく水筒の水で我慢して、椹島に向かう。後は林道を30分も歩けば楽に着くだろうと歩き出したが、最後の林道歩きが今回の山行でもっとも苦しいものになるとは思ってもみなかった。遮るものがない日射と空腹で頭がくらくらしてくる。林道の僅かな登りに足が前に進まない。まるで夢遊病者のようにふらふらする。やっとのことで椹島小屋へ下りる日陰の坂道に辿り着いた。椹島小屋で水槽で冷やしたコーラを一気に飲み干し、ようやく生き返った。体を拭いて、シャツを着替え、ようやく人心地がついた。
 すぐに登山客を満載したリムジンバスが到着し、折返しのバスに乗った。

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