息子を連れて谷川岳

(1985年10月)

 
谷川岳
天神平より谷川岳を見上げる

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「魔の山」もロープウェイで楽をして

10月20日(日) 8:00 谷川ロープウェイ土合口駅駐車場 → 8:30 ロープウェイ天神平駅 → 8:40 リフト天神峠駅 → 10:40 谷川岳 11:15  → 12:35 ロープウェイ天神平駅 → 13:20 駐車場 → 18:05 自宅

 谷川岳は「魔の山」といわれていた。事実谷川岳での遭難死者数は世界のどの山よりも多かった。新聞でも度々谷川岳での遭難が報道されていた。私が今でも鮮明に記憶しているのは1960年秋の宙づり遺体回収事件である。まだ若い二人のロック・クライマーが一ノ倉沢の「衝立岩」というほとんど垂直の壁に挑戦して滑落し宙づりになった。一人は身体を二つ折りにして、一人は身体を伸ばしたまま宙づりになっていた。救援隊が出動したがあまりにも危険な場所なので上からも下からも近づくことができなかった。やむを得ず自衛隊の狙撃部隊に出動を依頼し銃撃でザイルを切断することにした。遺体が落下して損傷することを覚悟の上だった。しかし140メートルほど離れた場所からザイルに弾を命中させるのは至難の業だった。機関銃、ライフル銃、カービン銃を撃ち続けたが命中しない。4時間ほどしてザイルが岩に接触している部分に狙いを定めた狙撃銃が当たってザイルが切れた。その途端、遺体は宙を落下した。何百メートルか落下して岩に激突、そこからズルズルと急斜面を何十メートルか滑落してようやく止まった。最後までザイルに結ばれていたのか二人はバラバラにならず近づくようにして静止した。当時高校3年だった私はテレビに流れる残酷な映像に言葉も無かった。
 私が長男を連れて谷川岳に登ろうとしたとき、同居している母はそんな危険な山に孫を連れて行くのかと心配した。私は尾根を登るのであれば決して危険な山ではないと安心させた。中腹までロープウェイで登れるから一度谷川岳を見てみたらと誘うと孫がかわいい両親も一緒に行くことになった。私は谷川岳には登っていないがスキーでは何度か天神平に行っていた。ロープウェイが開通してから天神平は春スキーのメッカになっていた。4月になっても十分な雪があり日帰りもできた。真っ白な谷川岳の姿は息をのむほど美しかった。一日中滑った後、高倉山の山頂から滑り出し、途中から田尻沢に滑り込み、土合口までのロングコースを楽しむことができた。

 10月20日、天気は良くなかったがこの秋は週末に雨の日が続き、山行を中止したり途中で引き返すことが続いていたので決行することにした。早朝に自宅を出て関越道にはいった。10月始めに前橋ICから湯沢ICまでの未開通区間が繋がったので水上ICまで高速を利用し8時には谷川ロープウェイの駐車場に着いた。8人乗りの小さなキャビンに乗り込み、10分ほどで標高1319メートルの天神平に着いた。外に出ると広場になっていて花壇に赤い花が咲いていた。スキーシーズンにはゲレンデだったスロープが今は草原になっている。散策するコースもありレストランもあるので、両親にはここで時間を過ごしてもらうことにする。
 私と息子は右手のリフトで1502メートルの天神峠駅まで上った。スキーで乗り慣れたリフトで登山靴で着地するのは調子が狂う。見上げれば谷川岳山頂までの道筋が見える。谷間にガスが漂い、尾根の東側は切り立った崖で、何となく暗い気分にさせられる。息子は新調したキャラバンシューズを履いて元気に歩き出した。しばらく下り天神平からの登山道と合流し樹林帯の緩やかな登りとなる。熊穴沢ノ頭という小ピークに避難小屋があった。この辺りから森林限界となり大きな岩を越える所も出てくるが鎖も付いているので歩幅の小さい息子でも越えられた。草原帯となり右手の西黒尾根が山頂に突き上げている。階段状の道を登って肩ノ小屋に着いた。山頂は目の前だった。5分ほどで双耳峰の一方であるトマノ耳1963メートルに到達した。十数名の登山者が休憩していた。向かいにもう一方のオキノ耳が間近に見えた。双耳峰の間は釣り尾根になっていて東側が切れ落ちその縁を心細くなるような細い道が急角度で下って上っている。息子もいるのでここで引き返そうと思ったがオキノ耳の方が高いのでやはり行くことにする。息子にはここで休憩しているようにいって、カメラを持ってオキノ耳に急いだ。10分で1977メートルのオキノ耳に着いた。振り返るとトマノ耳の頂上に十数人の人影が見えた。息子が待っているので写真を撮ってすぐに引き返した。息子は一人で待っているのは不安だったようで私を認めてほっとしたようだ。曇っていて周りの山はほとんど見えない。頂上にいても寒いので肩の小屋まで下ってガスコンロでラーメンを作った。寒そうにしていた息子も温かいものを食べて人心地がついたようだ。小灌木に白い花が咲いたように霧氷が張り付いていた。一旦天気が崩れればすぐに風雪の厳しい環境になるのだろう。やはり谷川岳は油断のできない山なのだろう。
 下山はノンストップで歩き、天神峠の手前で天神平に下る巻き道を通って天神平に戻った。両親が待っていて元気な息子を見てニコニコしていた。天神平には多くの観光客がいて賑やかだった。ロープウェイのお蔭で今は観光スポットになっている。谷川岳が「魔の山」といわれ、何百名ものクライマーが命を落としたことを知っている者は少ないだろう。
 
 
 
谷川岳 山頂にて
天神峠より谷川岳を見る 山頂で寒そうな長男
 
谷川岳オキの耳 エビの尻尾
オキの耳 灌木に”エビの尻尾”
 
山頂の登山者
トマノ耳に登山者のシルエット
 
天神平
天神平で息子と祖父母
 

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