行先変えて金峰山

(1986年5月)

山頂と五丈岩
五丈岩と金峰山山頂

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乾徳山から金峰山へ行先変更

5月10日(土) 自宅 5:30 → 10:00 乾徳山方面林道通行止め → 11:20 瑞牆山荘 → 12:10 富士見平 → 12:52 大日小屋 → 13:12 大日岩 → 13:50 砂払いの頭 → 14:10 千代の吹上 → 15:06 金峰山 15:30 → 17:30 富士見平 → 18:17 瑞牆山荘 18:50 → 21:30 自宅
 金峰山を初めて見たのはワンゲル2年目の梅雨時、鳳凰3山に登ったときだった。前夜の雨が上がり一時の晴れ間が拡がっていた。観音岳の山頂だったと思うがリーダーが四周の山の名前を教えてくれた。山座同定というが見えている山の名前を見極めるのはベテランの証しだった。リーダーは向かい側に見える形のいい山を指して、「あそこに見えるのが金峰山だ。頂上に五丈岩という突起が見えるだろ」と教えてくれた。なるほど分かりやすい目印だった。私は鳳凰3山の地蔵岳にあるオベリスクとどちらが大きいだろうかと思った。
 その金峰山に登ったのはハプニングの結果だった。銀行の友人S君が同じ職場の先輩I氏と乾徳山に登るというので私も同行させてもらうことになった。I氏は大学の山岳部出身でがっちりとした体格をしていた。ゴールデンウィーク明けの土曜日、私はS君とIさんの乗る車に合流し、後に付いていった。塩山郊外の林道のような道にはいり朝日を浴びながら右に左にカーブを切って平坦な直線道路になったところでゲートが閉まっていた。看板にはこの先大弛峠へは5月31日迄通行止めとなっていた。今回の山行を企画したI氏は他の登山口を探して見ましょうかと当惑気味だった。そこで私はここから1時間くらいで金峰山の登山口に着き十分往復できるのでそちらに行先を変更してはどうですかと提案した。二人は私の案に乗ってくれた。
 そこでUターンして今度は私が先導して瑞牆山荘に向かった。昨年秋に通った道路なので迷うことなく11時過ぎに瑞牆山荘の駐車場に着いた。手早く支度をして富士見平に向かった。富士見平小屋の前で瑞牆山への道と分かれ金峰山へ登り始めた。コメツガなどの針葉樹が真っ直ぐに立ち並ぶ原生林はいかにも奥秩父的で木の香も漂ってきて実に気持がいい。木漏れ日がチラチラと道脇のシャクナゲの葉を照らす。岩を踏み、木の根を跨ぎ、しっとりとした土の感触を靴底に感じる。その単調な繰り返しに山の楽しみなのだ。1時間も歩かないのにひっそりと大日小屋があった。そのまま進むと大日岩に突き当たった。巨大な花崗岩の岩だった。瑞牆山の岩峰を想い出す。その横を通ってさらに森林帯を登ってゆくと「砂払いの頭」の標識があって、ぱっと視界が開けた。八ヶ岳と間近に瑞牆山が目の下に見えた。早くも瑞牆山より高いのだから金峰山の大きさが分かる。ここから先は森林限界を越えていて岩だらけの稜線歩きとなる。「千代の吹上」という見るだけでも緊張する絶壁が尾根の右側に落ちている。見上げれば五丈岩も近くに見えてくる。もうひと踏ん張りして五丈岩の下に来た。モクモクと噴煙が吹き上げるように岩が重なっている。何でこんな岩が稜線上にポツンとあるのか不思議でしょうがない。
 五丈岩から一投足で金峰山に着いた。見晴らしは良いが南の方はややガスがかかっていた。腰を下ろして休憩し甘味品を食べる。釜無川の向う側に地蔵岳のオベリスクも見えた。さてどちらの方が大きいかと一瞬考えたがそんな比較はナンセンスだと気が付いた。どちらも花崗岩ができた山の造形物で優劣は着けがたいのである。
 帰りは直下に見える赤い屋根の金峰山小屋まで下り、山腹をトラバースして元の道に戻った。日影の道のそこここに雪が残っていた。日暮れも迫っているので急ぎ足で下って6時過ぎに駐車場に着いた。思わぬハプニングで金峰山に登れて大満足の1日だった。
 
 
五丈岩 山頂標識
五丈岩 山頂標識
 
山頂の岩
山頂の岩
 

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