菩薩と夜叉が同居する草津白根山
(1989年9月)
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本白根山より草津白根山と横手山を望む |
草津白根は地獄で本白根は天国のようだった
9月9日(土) 自宅 5:15 → 上野駅 7:10(草津1号) → 9:39 長野原駅 → バス → 10:50 白根火山駅 → 11:10 湯釜 → 12:00 鏡池 12:40 → 13:20 本白根山遊歩道最高点(2160M) → 13:53 白根火山ロープウェー山頂駅 → 山麓駅 → バス → 長野原駅 → 上野駅
草津白根山は私にとってなじみのない山だった。遠くから眺めて目立つ山ではないことも影響しているだろう。しかしスキーでは草津温泉に泊まってロープウェイで山頂駅まで登って振子沢から山麓駅まで長い滑走を楽しんだこともある。今回は「百名山」として登ることになった。車で行くか列車で行くか迷ったが列車の旅を選んだ。
9月初旬、上野駅から特急「草津」1号に乗った。草津や万座にスキーに行くときよく利用した路線だ。渋川から吾妻線にはいり、やがて利根川支流の吾妻川沿いに遡ってゆく。雪景色は見慣れていたが、緑に囲まれた吾妻渓谷の車窓展望もなかなかのものだった。車では味わえない楽しみの一つである。ダム建設の話が進んでいるようで、いつだったか軽井沢方面から吾妻川沿いの国道145号線を通ったとき、街道沿いに並ぶ数軒の川原湯温泉の宿が寂れているのに気が付いた。ダムが建設されれば歴史ある鄙びた温泉は湖底に沈むことになるのだろう。
長野原で下車し、バスに乗り換え、草津温泉を経由して志賀草津道路にある「白根火山」駅で降りた。すっと寒さが忍び込んできた。道路は草津白根山と本白根山の真ん中を真っ直ぐに突っ切っていた。右側に草津白根山の火口湖である湯釜展望台への道があった。赤茶けた火山砂礫の遊歩道を15分ほど登ると湯釜の展望台に着いた。十数人の観光客がたむろしていた。白濁した薄いブルーの湯釜の湖面は美しいというより不気味な感じがした。火口壁は一木一草とてない荒涼とした風景であった。草津白根山の最高地点に向かう踏跡が見えるが立入禁止になっていた。
遊歩道を引き返し、道路を反対側に渡って、今日の本命である本白根山に向かう。導標に従い逢ノ峰を回り込むようにして白根火山ロープウェイ駅への道を進む。本白根山側は樹木が茂っていてほっとする。前後に人はいない。静かな山歩きである。ロープウェイ山頂駅が現れると、その辺りをスキーで滑った記憶が甦ってきた。スキー場となる草地の斜面を横切り、緩やかな樹林帯を登ってゆくと、樹林に囲まれた火口に鏡池が見えた。しばらく下って湖畔に出た。対岸には白樺のような木が林立している。蕭々と風が吹き池の奥の方にさざ波が立ってキラキラ光っている。手前の方は澄んだ水の下に亀甲状の石が透けて見える。何とも神秘的な山上の池だった。私はここでゆっくりと休憩を取ってメルヘンのような風景に浸っていた。
やおら腰を上げ鏡池火砕丘の樹林帯を登り切ると本白根山の大きな噴火口跡が目の前に開けてきた。『日本百名山』で深田さんが「古代ローマの円形劇場を思わせる」と表現した火口である。草津白根山の荒々しい火口と比べて穏やかで、舞台から見上げる客席のように見えなくもない。噴火口の周りをよく整備された遊歩道が頂上に向かって続いている。ハイキングとさほど変わらない歩きやすさだ。ぐるっと回ってゆくと「遊歩道最高点2160M」という標識があった。
北の方を見ると草津白根山とその奥に横手山が右肩流れの相似形の山容を重ねているのが見えた。志賀高原から草津へのスキーツアーは憧れのコースだったが私は滑る機会がなかった。
帰りはロープウェイ山頂駅からロープウェイに乗り、山麓駅からバスで長野原に下った。
(追記)2018年1月23日、白根火山ロープウェイ山頂駅と鏡池の間で水蒸気爆発があり、訓練中の自衛隊員1名が死亡、ロープウェイに乗っていたスキーヤーなどが多数負傷した。私は静寂の鏡池に佇んでいたとき、その地下にマグマがあることなど想像もしなかった。火山は多くの温泉と様々な景観を生み出すが、一旦マグマが噴出すれば甚大な被害をもたらす。火山国日本の宿命である。
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湯釜(草津白根山火口湖) |
砂漠のような草津白根山 |
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本白根山麓の池(鏡池) |
さざ波の湖畔(鏡池) |
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