九州の山に初挑戦、宮ノ浦岳、霧島山、開聞岳

(1995年7月、8月)

宮ノ浦岳
宮ノ浦岳山頂より永田岳
韓国岳 開聞岳
霧島最高峰の韓国岳 開聞岳

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世界遺産登録の屋久島へ渡る

 5月下旬にKさんから夏休みに宮ノ浦岳に登らないかという誘いがあった。私にとっては渡りに船だった。宮ノ浦岳だけに登るのはコストパフォーマンスが悪いので開聞岳と霧島岳も登れないか検討することにした。その後、私が計画を立て、6月下旬にJTBで屋久島の宿泊先と飛行機と船の予約を行った。鹿児島と霧島の宿についてはKさんが予約してくれた。Kさんは銀行で九州担当の役員をしていたことがあるので顔が利くようだった。レンタカーは私の同期の伝手で予約した。
 7月30日、長女に羽田空港まで車で送ってもらい、Kさんと合流した。9時30分にANAで鹿児島空港に向かった。鹿児島空港で屋久島空港行きのJAC機に乗り換えた。3列15席程度のサーブ社製プロペラ機だった。窓のすぐ近くでプロペラが廻っている。離陸もジェット機のように急上昇せず、ゆっくりと昇ってゆく。うつらうつらしていると飛行機は早くも海上の黒い島に向けて下降を始めていた。雲に覆われた高い山が近付いてくる。屋久島は島全体が高い城壁に囲まれた城塞のような島だった。一体どこに着陸できるのか不安になった。やがて飛行機は左に進路を変え、右側の山塊をかすめるように高度を下げてゆき、僅かに開けた山裾の飛行場に着陸した。
 
飛行場
鹿児島より屋久島空港に到着
 飛行機のタラップを下り、平屋の空港建物まで歩いた。手荷物を受取り待合室に出ると、レンタカー会社の社員が出迎え、近くの営業所に案内された。借りたのはトヨタのカリーナだった。ザックとボストンバッグをレンタカーに積んで、島内を一周することにした。行き交う車はほとんどなく、常に右手に海が見えた。1時間ほど走り屋久島灯台を見物した。口永良部島が見えた。そこから先、道が細くなり断崖を縫うように走る。大川の滝を過ぎると山裾が広がり、道路も広くなり紺碧の海を望む快適なツーリングが続いた。テレビの旅番組で見た平内海中温泉に寄ってみた。丁度干潮時なので温泉を利用できる。駐車場からコンクリート舗装の坂道を歩いてゆくと、途中から「土足厳禁」となっていた。靴を脱いで裸足になると足裏が焼けるようだった。波打ち際に岩で囲った浴槽があり足先をいれると確かに温泉だった。時間があればはいってみたかったが足湯で我慢した。
 沿道のハイビスカスが南の島であることを感じさせる。安房のスーパーで明日の登山用食料を仕入れ、海沿いにある屋久島グリーンホテルにチェックインした。
 夕食はトビウオの唐揚げ、さつま揚げ、旭ガニなどご当地食材で美味かった。西に位置する当地は7時を過ぎてもまだ明るかった。海辺に広がる庭に出てみると星の多さに驚かされた。潮騒を聞きながら星空を見るのはロマンチックだった。
 冷房を切って寝たが、蒸し暑くてあまりよく眠れなかった。

九州最高峰の宮ノ浦岳へ登る

7月31日(月) ホテル 4:45 → 6:00 登山口 → 6:45 淀川小屋 → 8:45 花之江河 → 11:05 宮ノ浦岳 12:00 → 13:15 投石小屋付近 → 14:00 花之江河 → 15:15 淀川小屋 15:42 → 16:30 登山口駐車場 → 17:35 グリーンホテル
 ホテルよりヘッドライトを点けて車を出す。安房林道にはいり、つづら折りの道を登ってゆくと朝日が射してきた。紺碧の空が眩しい。ヤクスギランドの先はデコボコの林道となり最徐行で登ってゆく。途中「紀元杉」の案内板があった。淀川小屋への登山道入口の駐車場に着いたのは6時だった。
 手早く山支度をして登り始めた。樹林は清澄な空気に満ち木漏れ日が木々の長い影を作る。屋久杉の混じる自然林の中を歩くのはまことに気持がいい。全体的には緩やかな登りで、最後に少し下って淀川小屋に着いた。淀川小屋は丸太を組み合わせたしっかりした避難小屋だった。小屋の前が広場になっていてベンチに腰を下ろして朝食の握り飯を頬張った。広場にテントを張っていた女性の多い20名ほどのパーティーがテントを撤収していた。
 休憩を終え小屋の前を通り過ぎると、裏手にきれいな小川が流れていた。淀川である。橋を渡って樹林帯の本格的な登りになった。ヒメシャラの赤い木肌が日影に彩りを添える。3ピッチ目で小さな湿原「小花之江河」を通り、その上の「花之江河」の木道に飛び出した。日本最南端の高層湿原といわれている。こぢんまりとした湿原だったが小さな流れもあり、ちょっとほっとする場所だった。しばらく木道を行き来して自然の作った庭園を見て楽しんだ。
 左に黒味岳への分岐を分けて直進すると、岩陰から冷たい水が湧き出ていた。暑い時の水場は本当に有り難い。岩がゴツゴツ重なる急斜面を登り、投石小屋の側を通って投石平に出る。この辺りから樹林も尽きて、真夏の太陽が容赦なく照り付けてくる。ジリジリと焦がされるような感じがする。右手にこんもりとした投石岳、安房岳、翁岳が縦に並び、正面に宮ノ浦岳の山頂が見えてきた。最後の水場でタオルを水に浸し、そのまま首に巻き付けた。矮小化した杉とシャクナゲと一面の屋久笹の中に花崗岩の巨岩、奇岩が散らばっている。まるで石のオブジェの展覧会場のようだ。濃淡織り交ぜた緑に白い屋久杉の白骨樹が混り、白い岩、青い空に白い雲が鮮やかだった。栗生岳を越えて、鞍部からの最後の登りを頑張って遂に山頂に達した。絶海の孤島の最高峰に立った喜びをKさんと分かち合った。それから周囲の景観を存分に味わった。緑の絨毯を敷き詰めたようなこれほど明るく牧歌的な山頂風景は見たことがない。ただ真向かいに見える永田岳からネマチ峰に連なる峨峨たる山稜だけは例外といわざるをえない。宮ノ浦岳に50メートルの差で最高峰の座を譲った永田岳は瑞牆山のような岩峰の山だった。麓に漂う雲の切れ目から海が見えて高度感が弥増した。
 昼食を取って、コーヒーを沸かした。コーヒーの熱さが堪らなく美味かった。山頂には10名ほどが寛いでいた。みな雨の多い屋久島で晴天に恵まれたことを喜んでいた。
 12時に下山開始。暑さもありあまりピッチが上がらない。一度休憩をいれて淀川小屋まで下りた。淀川の水辺でもう一度コーヒーを沸かして飲んだ。最後のピッチは登りが結構あってスローペースになったが鶯のさえずりに慰められた。「ホーホケキョ」から「ケキョケキョ」まで鳴き声は本州と同じだった。鶯に方言はないようだ。4時半に駐車場に戻った。
 林道を下り始めると「紀元杉の名水」が道路脇にあったので味見をした。ヤクスギランド近くで屋久猿が数匹道路に屯していた。
 宿に戻り風呂にはいって汗を流す。夕食は庭でのバーベキューだった。暮れなずむ海を見ながら、浴衣でうちわ片手に生ビールで乾杯。金網でイカ、トビウオ、キビナゴ、エビ、ホタテ、チキン、ビーフを焼いて、次々に平らげ腹一杯になった。
花之江河 宮ノ浦岳山腹
花之江河 白い花崗岩と緑の小灌木
宮ノ浦岳山頂
宮ノ浦岳山頂

屋久島見物して宮崎県えびの高原へ移動

8月1日(火) ホテル 9:00 → 白谷雲水峡 弥生杉見学 → 11:00 レンタカー返却 → 12:20 宮ノ浦港にてジェットフォイル乗船 → 13:15 鹿児島港北埠頭 レンタカー → 17:00 えびの高原ホテル
 3時過ぎに目が覚め、ベランダに出て星を見た。5時に再び目が覚めて夜明けの海を眺めた。正面に種子島が見えてきて、オレンジの光芒が水平の一点から伸びて次第に赤く燃えてきた。右手の太平洋では黒いキノコのような雲が何本も立っていた。南の島らしい夜明けの風景だった。
 9時にホテルをチェックアウトし、白谷雲水峡に行って「弥生杉」見学コースを歩いた。親子連れの屋久鹿を間近に見た。
 屋久島空港でレンタカーを返し、宮ノ浦港まで送ってもらった。高速のジェットフォイル船トッピー2号に乗船。港を出て加速すると水中翼で浮上し、5メートル程の白い航跡を一直線に伸ばして飛ぶように走った。海岸からは見えなかった宮ノ浦岳、永田岳が見えてきた。やがて屋久島全体が見えてきて、段々小さくなっていった。左手に硫黄島、右手に平らな種子島が見えてきた。種子島の西之表に寄港し、再び洋上を走り出すときれいなピラミッド型の開聞岳が見えてきた。本州最南端の佐多岬が近付くと、穏やかだった海面に白波が立っていた。高速船は委細構わず白波に突っ込んだ。ガタガタと船体が振動した。海の色が深い藍色に変わっていた。黒潮だと思った。その流れの力強さに驚嘆した。しかしその白波帯を越えるのにそれほど時間はかからなかったので、黒潮の本流ではなく傍流だったのかもしれない。白波帯を越えると船は元通り静かになった。間もなく波静かな鹿児島湾にはいった。指宿温泉に寄港して、桜島を見上げながら鹿児島港に到着した。
 船を下りるとハーツレンタカーの女性担当者が出迎えてくれてテキパキと手続きしてくれて、その場でマークUの新車に乗り込んだ。鹿児島北インターからガラガラの九州自動車道を走り、えびのインターで降りた。秋のように澄んだ空が広がるえびの高原の「えびの高原ホテル」に到着した。支配人が出てきて挨拶した。Kさんはこのホテルの親会社であるM交通の役員と親しいようだ。2階の隣り合った大きな部屋を別々に取ってくれたのは支配人の好意だったようだ。部屋から裏庭で草を食む数頭の鹿が見えた。温泉は薄い褐色だった。
 夕食はバイキングで、鹿の刺身と日本酒の差し入れがあった。高原の宿だけあって冷房いらずでよく眠れた。

霧島連山最高峰の韓国岳に登る

8月2日(水) えびの高原ホテル 7:50 → 8:40 5合目 → 9:20 韓国岳 9:50 → 11:00 ホテル 12:00 → 15:00 城山観光ホテル
 今日も快晴だった。ホテルで朝食を済ませ、朝の爽やかな空気の中を出発。ホテルのすぐ横に登山道があった。噴気を上げている硫黄山の横を通り登山道を登ってゆく。樹林帯の中の溝状の急坂はやや歩きにくい。樹林は眺望を妨げるが日射が遮られるのは助かる。樹林帯を抜けた5合目で一休み。8合目辺りで大浪池が見えてきた。緑の火口の真ん中に丸いブルーの水面が宝石のように美しい。程なく韓国岳の火口壁に出て、その縁に付けられた道を辿り、最後の岩稜地帯を登れば韓国岳山頂だった。眺望は素晴らしかった。新燃岳の先に秀麗な高千穂峰が望めた。今回は霧島連峰の最高峰である韓国岳(標高1700M)に登ったが、その美しい姿を見ていると高千穂峰(標高1574M)を霧島の代表としてもおかしくはないと思った。四周の展望を一渡り楽しんでから、火口を背にした山頂の斜面に腰を下ろし、果物の缶詰を開けた。正面に桜島が見える。その奧に明日登る開聞岳が小さく頭を出していた。足許に広がるえびの高原は大小のカルデラ湖を散りばめ実に開放的で美しかった。
 山頂での幸せな一時を満喫して下り始めると、麓でキャンプをしているらしい中学生の集団がやってきた。1人1人がちゃんと挨拶をしてゆく。こちらも丁寧に挨拶を返した。故郷の山に登る少年たちの姿が微笑ましい。トコトコ下りながら、韓国岳は少し楽過ぎたかなという感じもあったが、別に不満だった訳ではない。宿に戻り、湯を入れ替えたばかりの温泉で汗を流した。山よし、宿よし、湯よし、三拍子揃っていうことなしであった。
 えびの高原ホテルを辞して、深い樹林に覆われた道路を走って霧島神社に寄った。歴史ある神社のようだったが、一通り歩いた後、昼時なので近くの食堂にはいった。暑い時期なのでソーメンを注文した。ソーメンをつゆに浸して口にいれた途端、何だこれはと思った。甘すぎて食えた物ではない。店員これがソーメンかと文句をいいたかったが辛うじて我慢した。後で鹿児島では甘い味付けが普通なのだと知ったが、江戸っ子は鹿児島でソーメンは食わない方がいいだろう。
 横川インターより高速道を通って、鹿児島市の高台にある城山観光ホテルにチェックインした。豪華なホテルで山に来ていることを忘れてしまう。
 一休みしてからカンカン照りの坂道を下りてスーパーで明日の食料を調達した。
 夕食はホテルのレストランでサーロインステーキとスパゲッティを食べ、最上階のスカイラウンジでオンザロックを1杯飲んで就寝した。
高千穂岳 山上湖
高千穂岳(手前は新燃岳) 山上の池(大浪池)

開聞岳に登り開聞温泉で汗を流す

8月3日(木) ホテル 5:10 → 6:45 登山口駐車場 7:10 → 7:50 4合目 → 9:00 7合目付近 → 9:37 開聞岳山頂 10:25 → 11:05 4合目 → 12:05 駐車場 → 12:25 開聞温泉 12:50 → 14:20 西鹿児島ハーツ営業所 タクシー → 14:40 城山観光ホテル
 薄明にホテルを出発して鹿児島北インターより指宿方面に向かう。なだらかな丘陵を縫うように走る有料道路を快調に南下した。今日も快晴。山並みが美しい。だんだんと開聞岳が大きくなってくる。池田湖に向かって下れば開聞岳の全容が余すところなく現れた。登山口の駐車場に車を駐めた。
 7時過ぎに登山開始。グラススキー場の横を通り過ぎると2合目の標識があり、頂上まで「あと3.5Km」となっていた。これは楽だなと思った。樹林の中にはいると山の左側を等高線より40度位の角度で長い道が続いている。シダが生い茂り熱帯の風情がある。高度が上がると松やカゴの木などの樹林帯となる。陽が上がってくるにつれて暑くなってきた。火山灰の道が雨で浸食されて深い溝になった所をしばらく歩く。4合目のベンチで休憩。「あと2.2Km」だった。5合目に展望台があり、東側の池田湖や鹿児島湾が見えた。「あと2.0Km」となっている。鶯が鳴き、アゲハチョウが木陰をヒラヒラ舞っている。この山の1合は結構長い。歩いても歩いても残りのKm表示が思うように減っていかない。7合目で頂上まで「あと1.2Km」だった。標高924Mの低い山なので2ピッチで登れるだろうと思ったが大間違いだった。考えてみたら海に近い所から登り始めるのだからほとんど標高分を登らなければならない。1時間で350M登るとしてもどだい2ピッチでは無理だった。堪らず7合目からしばらく歩いた所で休憩した。水分を補給して登高再開。登るに連れて道がらせん状に右回りしているのが分かる。明るい疎林となり、大きな岩がゴロゴロして歩きにくい道になった。しばらくすると南側の展望が開け、足下に長崎鼻方面の海岸線が見えた。開聞岳が海にせり出しているのが分かった。滑落したら海に落ちそうな感じのスリルがある岩場もあった。8合目で西側の展望が開け、花瀬崎から枕崎に続くきれいな海岸線が見えた。9合目辺りから樹木に苔が付いた雲霧林地帯となった。屋久島を思わせるような景観だった。開聞岳の山頂付近は霧に覆われることが多いのだろう。山頂直下は岩ゴツの急峻な道になった。後方から女性の話し声が聞こえてくる。追い抜かれないように少しピッチを上げて喘登すると、ひょっこり山頂部の一角に飛び出した。ちょうどらせん状の登山道を一回りした辺りだった。山頂はだだっ広い草原だった。火口跡のようだが明瞭な火口壁は見当たらず、内側が少し凹んでいるかなという程度だった。灌木に覆われた平地の中程に小高い岩の堆積があり、そこに開聞岳の山頂標識があった。先ずは360度の景観を楽しんだ。北は足下の池田湖から視線を上げれば青い海の先に桜島が見えた。右に視線を移せば海と陸を分かつ白い砂浜が長崎鼻に続く。大隅半島先端の佐多岬も望まれた。南の方は灌木に覆われた火口の縁が邪魔しているが遠くに屋久島が霞んで見えた。種子島も見えた。
 賑やかにおしゃべりしながら子ども連れの家族がやってきた。挨拶を交わし登頂の喜びを共にした。ミカンやかんずめを食べてのんびりと時間を過ごした。
 予定通り九州南部の3名山に登り、大いなる満足感を味わいながら下山した。青い海に飛びこむような感覚の山頂部急斜面を下りた。回転ラウンジのように海岸の景色がゆっくり回転していく。暑さに消耗して4合目のベンチで休憩。水筒から最後の水を飲み干し、最後のピッチにはいる。ようやく登山道入口まで戻り、カンカン照りのグラススキー場横の舗装路を歩いて駐車場に着いた。車の中は焼けるように暑い。売店で氷のはいったコーラを飲んで生き返った。
 時間があるので近くにある開聞温泉に寄っていくことにした。長崎鼻に向かって海岸線を走ると開聞温泉があった。駐車場には何台か車が駐まっていた。海に面した小さな建物で、入場料は300円だった。変哲もない浴室に5〜6人はいれそうな浴槽が2つ並んでいた。苗場の赤湯温泉のような茶褐色の湯だった。波打ち際に野天風呂があり、海岸線の先に海に浮かぶ開聞岳が見えた。開聞岳を見るのに最高のロケーションの一つだろう。
 それから往路を戻り、西鹿児島のレンタカー営業所に車を返し、タクシーで城山観光ホテルに戻った。部屋で山の装具をザックに詰め、宅急便で自宅に送った。4時頃、1階のラウンジでアイスティーを飲んでいると、桜島からまっ黒な噴煙がモクモクと立ち上っていた。時折ドーンという音も聞こえてくる。噴煙の天辺が雲のようにこちら側に向かって流れている。心配になったが周りの人は平然としている。部屋に戻って仮眠した。
 Kさんが退職金をもらったからと夕食を奢ってくれた。屋外でのお狩場焼きを予約してたが、降灰のため屋内での鉄板焼きに変更された。イセエビ、イカ、ミル貝、カルビなど極めて美味だった。食後にスカイラウンジでエスプレッソを飲み、部屋に戻った。
 最上階の部屋からは錦江湾の先に桜島が見えた。鹿児島市は海と山に囲まれた美しい町であるが、いつ爆発するか分からない桜島と向き合って生活している。それが「薩摩隼人」や「薩摩おごじょ」といわれる気性を創っているのではないかと思った。
開聞岳山頂 山頂標識
開聞岳山頂から南の眺望 開聞岳山頂標識
池田湖 南の眺望
池田湖と桜島 長崎鼻方面
花瀬崎方面

最後はゴルフで締め

 翌日は城山観光グループの入来城山ゴルフ倶楽部でゴルフをした。ホテルをチェックアウトして、ゴルフ場の送迎バスに乗り込み、40分程でゴルフ場に到着した。前年オープンしたばかりのゴルフ場で、豪華なクラブハウスはヨーロッパの城のような造りだった。コースは高原の緩やかな起伏を生かしたレイアウトで一流ゴルフ場に引けを取らない。平日なので空いていて、Kさんと2人でのんびりプレーできた。風呂がまた高級温泉旅館顔負けの浴室で、天然温泉がコンコンと溢れる浴槽に身を沈めると無上の幸せを感じた。
 ゴルフバッグを宅急便で送り、送迎バスで鹿児島空港まで送ってもらった。乗客はKさんと私だけだった。
 私の人生でこれほどブルジャワ的で、バブルチックな山旅は初めてだった。

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