久し振りに息子と空木岳へ

(1997年8月)

空木岳
空木岳(檜尾岳より)

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片足の靴下履き忘れて中央アルプス縦走

8月12日(火) 自宅 4:05 → 6:50 駒ヶ根高原菅ノ台駐車場 → 7:00 しらび平行きバス → 7:40 しらび平 → 8:22 ロープウェイ → 8:30 山頂駅 8:45 → 9:15 極楽平 → 10:20 濁沢大峰 → 11:50 檜尾岳 昼食 12:45 → 13:45 熊沢岳手前鞍部 → 14:00 熊沢岳 → 15:17 東川岳 → 15:35 木曽殿山荘
 8月中旬に1週間の夏休みを取り、どこに行こうか考えていると、どういう風の吹きまわしか息子が付き合おうかといった。ただし月曜日までゼミの合宿があるというので、火曜日から1泊2日で空木岳に登ることにした。息子とは11年前に八幡平、岩手山に登って以来である。登山靴を買う時間がなかったのでジョギングシューズで行くという。
 12日の3時40分に起床して朝食を取らずに出発した。今回は駒ヶ岳ロープウェイを利用することにしたが混雑が予想されるのでできるだけ早くロープウェイ乗場に着きたかった。中央高速道にはいり談合坂SAで朝食を取り、息子と運転を交代した。駒ヶ根ICで下り、駒ヶ根高原の菅ノ台で駐車場を探した。通りに面した大駐車場は満車で、左手500メートルほど奧の駐車場に車を駐めた。駐車場の係員が菅ノ台始発の7時のバスがあるという。10分しかないので慌てて山支度をして近くのバス乗場に急いだ。ギリギリ間に合ってバスに乗り込むとすぐ発車した。ふと足下に違和感を覚え、右足に厚手の靴下を履いていないのに気が付いた。登山靴に履き替えるとき、ソックスの上に登山用靴下を履いたのだが、片方を履き忘れていたのだ。また車のドアを施錠をする時、運転席のドアの鍵を閉めたが、残りの3つのドアを自動ロックにしていなかったことを思い出した。しかし引き返す時間はなかった。盗難に遭わないことを祈るだけだった。
 しらび平に着きロープウェイの発券所で整理券をもらい、30分の待ち時間でロープウェイに乗れた。空は澄み渡り開け放たれた窓から涼しい風が吹き込んでくる。千畳敷カールは見事だった。宝剣岳が正面に剣を並べたような峻険な頂きを見せている。あっという間に千畳敷に着いた。売店で登山用靴下を売ってないか探したが見当たらなかった。やむなく登山届を出して出発。千畳敷は思っていたほど広くはない。観光客が溢れる千畳敷ホテルを離れて稜線に向かう。ブカブカの右足が気になる。1年振りの登山で心臓が苦しい。右足がしっかり地面を押さえられないので何となく不安だ。極楽平で休憩。ガスが立ちこめる木曽側の谷から強い風が吹き上げてくる。半袖だった息子は雨具を羽織って寒さを凌いでいる。次のピッチで濁沢大峰に着いた。ガスが晴れて行く手の稜線が見えてきた。空木岳と南駒ヶ岳が並んで見える。本格的な縦走は久し振りだった。北アルプスほど厳しくないだろうと高をくくっていたが結構しんどい。しかしまだまだ遠い空木岳を見ていると闘志が湧いてきた。ブカブカの登山靴にも慣れてきた。息子は短パンに履き替えた。
 檜尾岳の登りはスリルのある場所もあり、やはりアルプスと称するにふさわしい2700M級の稜線だった。心拍数が上がり、ランニングで急に飛び出した時のように心臓が痛む。少しペースを落としてなだらかな檜尾岳山頂に達した。十数名の登山者が休んでいた。駒ヶ根に下って行く広い檜尾根にカマボコ型の立派な避難小屋が見えた。昼食を取ることにして、ラーメンを作りながら、ヒノキオというのは何となくいい名だと思った。深田さんは「空木」という山名に「何というひびきのよい優しい名前だろう」と感心しているが、「檜尾」というのも木の香が漂う尾根の安らぎを感じさせるよい名前だと思った。息子は久し振りに食べる山のラーメンを喜んでいた。小学生のときに山に登っていたことを思い出したのだろう。紅茶を沸かしているといつの間にか誰もいなくなった。急ぐこともないのでゆっくりと紅茶を飲んだ。宝剣岳の左に見える三ノ沢岳は今まで聞いたことのない山だったが意外に立派な姿をしていた。行く手を見ると東川岳からスパッと切れ落ちた鞍部にある今宵の宿まではまだまだ先が長かった。
 昼食を終えて檜尾岳を下り、舟窪状の地帯を通り過ぎると岩場が何カ所か出てきた。風も強いので慎重に登る。私は岩の難場は嫌いではないが、息子は初めての岩場に緊張したようだ。ペースを落としたら呼吸も楽になり、心臓も落ち着いてきた。もう若い頃のように歩くのは難しいのだろう。
 熊沢岳は岩の間を攀じ登って通過した。
 ようやく東川岳の平らな頂上に出てほっとした。後は小屋まで下るのみである。急斜面を一気に160Mほど下って木曽殿山荘に着いた。長さにして30M位の平坦な鞍部に小屋があった。まだ新しい2階建ての立派な山小屋だった。受付を済ますとお茶とトウモロコシを振る舞ってくれた。小屋の若い主人も親族のような可愛い女性もキビキビして感じがよい。缶ビールで息子と乾杯。
 その後、2階で横になって休んでいると、どんどん宿泊者がはいってくる。夕食は1階の食堂で5時15分からだった。炊込み御飯におでんと味噌汁で、お代わりはなしだった。山小屋としては悪くはないが、息子には少し物足りなさそうだったので御飯を少し分けてやった。2階に戻ると布団がびっしり敷き詰められていた。布団2枚に3人ということで、私たちはいち早く窓際に場所を確保した。5時を過ぎても客はどんどん追加ではいってくる。何もするでもなく8時の消灯まで時間を過ごした。消灯前にトイレに行き準備完了。それからの夜が長かった。そのうち空腹感が襲ってきた。風が強く何かがゴトンゴトンと音を立てている。イビキをかく者、ため息をつく者、屁をする者と何かと耳障りである。それに人数が多いせいか暑苦しくて熟睡できない。暗闇の中でひたすら時間が過ぎるのを待つ。ガラス窓に結露ができて風が吹く度に顔面に降りかかってくるのには参った。輾転反側して夜明けを待った。翌朝、息子に「寝られたか」と聞いたら、「寝られないよ。デリカシーがない人が多過ぎる」とぼやいていた。私は寝具が清潔だったし寝返りが打てるだけまだましだと思ったが、山小屋初体験の息子はびっくりしたのだろう。
空木岳方面 宝剣岳方面
空木岳への稜線 宝剣岳への稜線

空木岳に登って長い池山尾根を下る

8月13日(水) 木曽殿山荘 6:00 → 7:15 空木岳山頂 7:55 → 8:37 避難小屋ルート合流点先 → 11:10 水場 昼食 12:10 → 13:45 菅ノ台駐車場 → 15:00 こまくさの湯 15:40 → 19:45 自宅
 3時頃から早出の登山者がゴソゴソと出発の支度をしていた。こちらは小屋で朝食を取るのでしぶとく寝続ける。朝焼けの赤い光が差しできた。窓を開けると南アルプスの上に太陽が昇るところだった。カメラを持って外に出て御来光の写真を撮った。
 朝食は5時15分。御飯、味噌汁にノリ、フリカケ、煮豆、残さず食べた。今日の客は出発が早い。私たちは最後方で登り始めた。緩みのない効率のいい登りだった。あっという間に東川岳と同じ高さになり、檜尾岳と同じになった。頂上に近付くに従って岩をよじ登る場所が多くなってきた。空木岳は花崗岩の岩稜の山だった。後方に御岳が赤茶けた山容を現した。振り返ると昨日歩いた稜線の先に宝剣岳の特異な山頂が目立った。先行グループがゆっくりとしたペースなので昨日のような心臓の苦しさはない。女性が足がかりのない岩を越えるのに苦労していて後続は行列になった。忍耐強く待つ。手前のピークに辿り着くと、後は砂礫の道を踏みしめて空木岳山頂に到達した。
 高曇りであるが展望は比較的よかった。強い陽射しがないので凌ぎやすい。西から東に御岳、乗鞍が大きく見える。宝剣、木曽駒の後方に槍穂が横幅を縮めて一塊になっていた。さらに八ヶ岳、蓼科山と並び、東に長大な南アルプスが延々と続いていた。甲斐駒、仙丈は堂々としていて、北岳、間ノ岳、農鳥の白嶺3山は等間隔に並ぶ。塩見の左肩に富士山が黒い頂を見せている。塩見から長い緩やかな稜線が荒川岳、赤石岳に続く。赤石岳は南ア南部の盟主に恥じない堂々たる山で、それに負けない台形の重々しい聖岳が並ぶ。まだ登っていない光岳はしかとは分からなかった。空木岳は南アルプスの展望台として最高のロケーションであろう。
 眺望を満喫して下山開始。長い下りで靴下を履いていない片足が靴擦れを起こさないか心配しながら、見晴らしのいい池山尾根の稜線を200Mも下ると、高さ10M程の四角い岩「駒石」の横を通った。花崗岩の大きな塊に風化による縦横の割れ目ができて独特の形になっている。花崗岩が点在する光景は宮ノ浦岳に似ている。避難小屋のある空木平からの道を合わせた先で休憩した。次のピッチの後半は尾根の右側急斜面のトラバースとなったが、危険な場所にはしっかりとした階段や桟道が取り付けられていた。
 厚手の靴下を2ピッチ毎に反対側に履き替え、切り立った痩せ尾根の小地獄、大地獄の難所に向かった。500Mほど続くが、階段、桟道、鎖が整備されていてさして緊張することもなく通過した。古いガイドブックでは相当危険な場所と書かれていたが、手入れが行き届いているので慎重に歩けば問題ない。ただ登りは辛いだろう。
 シラビソと笹の明るい森林帯になったが今やカンカン照りとなり樹間から強い陽射しが差し込んで汗だくになる。長い長い尾根下りが続く。水場まで頑張ろうと息子を励まし、ようやく水場に到着した。沢から引いてきた管から流れ落ちる水がドラム缶に溢れている。冷たさは今一だったが美味い水だった。ゴクゴク飲んで本当に生き返ったような気がした。ここで昼食とし、定番のモチいりラーメンにキューリ、フルーツ缶詰など残りの食料をあらかた腹に収めた。
 靴下の影響がまったくなかったのは意外だったが、もう心配ないので最後は飛ばしに飛ばした。だが暑さは益々厳しくなり、高低差2000Mを越える下りはきつい。麓に近付くと登山道が遊歩道になったが、とんでもない大回りのコースを歩かされ、それからまた灌木帯の深くえぐれた山道になった。何度か車道を横切り、三本木地蔵を過ぎて、そこから先がやたらに長かった。ようやくスキー場の駐車場横を通るとペンションが現れた。直進すると道路に突き当たった。「左 菅ノ台」という標識を見付け、ほっとして車道を歩いて行くと駒ヶ池に突き当たった。左に少し登ると見慣れた景色になり駐車場に着いた。木陰に駐めた車の後部ドアを調べるとやはり鍵はかかっていなかった。幸い開けられた形跡はなく、被害はなかったので胸をなで下ろした。クーラーをいれ車を冷やした。息子が自販機で買ってきた冷たい飲料を飲んで一息ついた。息子が温泉の場所を聞いてきてくれたので一風呂浴びに行くことにした。「こまくさの湯」は清潔な温泉ランドだった。2日分の汗を流し、衣類を着替え、さっぱりした。
 中央高速は事故渋滞もあったが、サービスエリアでの食事を含め4時間で自宅に戻った。
 いろいろ準備不足やチョンボもあったが、結果オーライで何かと想い出に残りそうな山旅だった。  
木曽殿山荘夜明け 御岳
木曽殿山荘のご来光 空木岳山頂より御岳
南ア北部 南ア南部
空木岳山頂より南アルプス北部の山並み 空木岳山頂より南アルプス南部の山並み

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