マンションに戻ってきた時は、すでに六時を過ぎており、室内は薄闇に包まれていた。
 ナルは夕刊を手に取ると、リビングのソファーに座り、麻衣にお茶とだけ言うと文面に目を落とす。
「電気ぐらいつけなよねー」
 いくら夏とはいえ夕方の六時ともなれば、電気もつけずに本を読むのは少々きつくなるはずだというのに、面倒くさいのか、それとも直ぐに麻衣がつけると思っているのか、ナルは明かりもつけずに本を読み出したのだから、麻衣でなくても呆れるだろう。
 ため息を一つだけついてリビングの明かりをつけ、紅茶を入れにキッチンへ向かう。いつも通りに慣れた手つきで紅茶を入れながら、夕飯はどうしようかと迷うが、帰ってきたばかりで少し休みたいという気持ちの方が強かったため、紅茶を二人分淹れるとそのままリビングに向かう。
 多少夕食が遅くなったからと言って、ナルが気にするとも思えないから、こういう時は気兼ねなく手抜きができるから楽である。
「はい」
 ご希望通りにお茶を入れたからと言って、ナルは何も言わず当たり前のようにカップに指を伸ばして口まで運ぶ。
 麻衣も今更何も言う気がないのか、ナルの隣に腰を下ろして淹れたばかりの紅茶をゆっくりと味わう。
 静かな時間が過ぎる。
 新聞を捲る音が微かに空気を震わし、穏やかさを象徴するかのように、秒針の音さえ心地よく感じる。
 ナルが隣にいることがこんなにも心地よく感じるものだと言うことを、久しく忘れていたような気がする。
 傍にいるのが当たり前になり、居なくなることなどないといつの間にか思いこんでいたことに今更気が付く。
 どれも、当たり前と言うことはないということは、判っているというのに。
 何がきっかけとなり、この温もりが遠くへ行ってしまうか判らないというのに、なぜ絶対ナルは傍にいてくれるものと思えたのだろう。
 母を亡くした時、この世に絶対という言葉はないと言うことをいやと言うほど思い知らされていたというのに。
「人の顔を見ながら何をため息付いている」
 凝視していた覚えはあったが、ため息をついた記憶などない。
 無意識に出ていたのだろうか。
 それにしても、ずっと新聞を読んでいたというのに、気が付くとは相変わらず気配に聡いと言うべきだろうか。
「麻衣?」
 話しかけたにもかかわらず、無言のままでいる麻衣を不審に思ったのか、ナルが珍しく読み途中の文面から視線をそらし、麻衣の方を見ると軽くため息をつく。
「物欲しげな目で人の顔を見るな。煩わしい」
「も・・・物欲しげって・・・どんな目だよ」
 とんでもない例え方に麻衣はぶっすりと頬を膨らませながらぼやく。
「物欲しげと言わないならなんと言えばいい?
 子供が玩具を強請るような目で人の顔を見ているとでも?」
 いったい自分はどんな顔でナルを見ていたというのだろうか。
 ただ、じぃっと凝視していただけだというのに、そんなに物欲しげな顔をしていたというのだろうか。
 いや、そもそもなぜ物欲しげな子になると言うかが判らない。
 ナルがいる静かな時間をしんみりと味わっていただけだというのに。
「なんか、誤解してんじゃないの?
 私はただ、ナルの顔見ていただけだモン。別に他意なんてないモン」
「他意ねぇ・・・」
 珍しく、ナルは本をぱたりと閉じると身体の向きを少しずらし、肘掛けに立て肘をついてその手に顎を載せながら見下ろすような眼差しで自分を見つめる。
 その顔は妙に楽しげな様子だ。
「き・・・気のせいだよ」
 沈みゆく太陽の光を浴びて、ナルの瞳が不思議な色に染まる。
 透明度の深い闇色の宝玉でありながら、人の生きている証である血のような深みを宿して。
 その瞳にじっと見つめられ、麻衣は耐えられなくなり視線をそらしてしまう。
 言われなくてもきっと自分の顔は真っ赤に染まっているだろう。
 夕日を浴びてと言うよりも、羞恥ゆえに。
 ただ、じっと見ていただけだ。
 その横顔を。
 顔色も元に戻り、倒れた気配を漂わせないナルを見て、幸せに浸っていただけだというのに・・・彼が、そこにいるといういつもと同じ日常に戻ったことに、安堵していただけだというのに・・・・・それでも、無意識のうちにナルの言うとおりに物欲しげに見ていたのだろうか。
 チラリ・・・とそらしてしまった視線を、少しだけナルに戻す。
 楽しげに自分を見ているナルと視線があい、慌てて反らすとナルが喉の奥で楽しそうに笑っている音が、紙を捲る音と変わって空気を震わせる。
「何笑ってんのよ」
 ぶすくれれば、ぶすくれるほど、ナルは楽しげだ。
「んも! 勝手に誤解して笑ってれば! 本当にナルシストなんだから。そのうちマジで水仙になっちゃうよ」
「なれるものなら、なってみたいな」
 否定するどころか、簡単に言いのけてしまうところはさすがであるが、麻衣としては面白くない。
 自分ばかりが言いように掌の上で遊ばれるのも面白くないが、例え話でもナルが手の届かないものになるのは許せなかった。
「もう、勝手に言ってれば。
 夕飯、適当に軽いものでいいよね」
 これ以上ナルと話をしていても、いい様に掌で遊ばれるだけだ。
 麻衣は話を切り上げるとキッチンに向かうべく立ち上がるのだが、不意にその腕をナルに捕まれ引き寄せられる。
「うきゃっ」
 軽い悲鳴とともに、トスンとナルの上に座り込む。立ち上がろうとしたのだが、背後からナルに抱え込まれていて立ち上がることが出来ず、ひっくり返った亀のごとく手足をジタバタとさせることしかできなかった。
「いきなり何すんのよ。危な・・・・・」
 ナルが抱え込んでいるのだから、怪我をするとは思わなかったが、頭と頭がぶつかったり、振り回した手が相手の目等に当たる場合もあるのだ。
 ふざけるのもいい加減にして欲しいと思うのだが、肩越しにナルを見上げると、今にもキスが出来そうなほどの至近距離にナルの顔があって、思わず息を呑んでしまう。
「で? 何を考えていた?」
「は・・・い・・・・・?」
 自分でも間抜けだと思うのだが、質問の意図が理解できず、他になんと答えればいいのか判らなかったのだ。
「人の顔を見てはため息を漏らしていただろう?
 僕の顔は別にため息を漏らすようなものではないと思うが?」
 思わず脱力をしてしまいかねない発言だが、ナルは冗談を言っているつもりはないようだ。
「いや・・・別に、深い意味はないんだけど・・・・・」
 ナルを見あげていたのだが、首が疲れたためナルの肩に寄りかかるように視線を下げると、自然と視線は薄暗くなっている空へと向かう。
「別に・・・ただ、漸くいつもの時間に戻ったんだなぁって思っただけだよ。
 本当に深い意味はないってば」
「いつもの時間?」
 背中から伝わる温もりが暖かくて、その胸に寄りかかるように少しだけ体重をかけると、規則正しい心音が聞こえてくるように感じる。
 腕に抱えられながらも、少し身じろぎ体勢を変えると、ナルの胸に耳を当てはっきりと聞こえる音に耳を澄ませ、知らずうちに安堵のため息を漏らす。
「いつもの時間だよ。
 ナルが当たり前のように部屋にいて、当たり前のように本を読んで、当たり前のようにお茶を飲んでいる姿を見て、和んでいただけなの。
 ね? 深い意味はないでしょ」
 確かに別に深い意味はないが、なぜ今更麻衣がその程度のことで和むのかがナルには判らない。
 視線でその意味を問うように見つめられ、麻衣は諦めたように口を開き始めた。
「ナルのね、この音がこんなにはっきりと聞こえなかった時、足下がガラガラと崩れていく気がしたの。
 病院のベッドで真っ白い顔をしながら眠っているナルを見た時は、まるで等身大の人形を見ているみたいで、生きている力強さとかが全くなくて、私はまるで今までずっと人形に恋焦がれていたのかって思うぐらい、生気ってものが欠けちゃって・・・・・
 いつの間にか、こう思っていたの。
 ナルは絶対にいなくならないって・・・そんなこと、絶対にあり得ないのに。
 いつかは、ナルだって居なくなるのに・・・判っていたことなのに。
 何でだろ・・・ずっと傍にいるって思いこんでいたんだね。
 無意識にさ。
 だけどあの時千鶴ちゃん家で、ナルが倒れて・・・呼吸はしているんだかしていないのか判りにくかったし、心臓なんて今にも止まっちゃいそうなほど弱くなってるし・・・ああ・・・ナルも私を置いて居なくなっちゃうって思ったの。
 それも、本来ならばそんなことになるはずなかったことで」
 ぎゅっと自分の背中に腕を回したと思うと、麻衣はより近づこうとするかのように、胸に耳を押し当てる。声を聞くと言うよりも、打ちに響く声を直に聞くような錯覚に陥るほど、近く・・・近くまで寄ろうとする。
「ナルも居なくなるかもしれないって思った時、何も考えられなかった。
 怒るかも知れないけど・・・っていうか、もうとっくの昔に怒られたけど、ナルが倒れた時、私は仕事の事なんて考えられなかった。ナルのことしか考えられなかった。
 どうしよう・・・ナルが居なくなったらどうしようって、それだけしか考えられなかったし、あの人達が憎くて憎くてしょうがなかった。
 だって、あの人達さえあんな態度とらなかったら、ナルがPK使うような事態にはならなかったし、倒れるようなことにもならなかったのに、それなのに、あの人達は自分のことばかり考えて・・・・・
 あんなに人が憎らしいって思った事なかったよ・・・
 人って本当に簡単に・・・些細なきっかけで簡単に憎めるんだね。
 私ずっと人を憎む事なんてそうそうないものだと思ったけど・・・・・知らなかったよ。血液全部が一気に沸騰するぐらいに、憎らしく思えることがあるなんて・・・そんな、感情が本当にあるなんて、知らなかった」
 そこまで一気に話すと、疲れたのか息をそっと吐き出す。
「私は、ナルみたいにいつも冷静でいられないや・・・最善だと思える判断なんて出来ないよ・・・
 仕事を放り出したことは悪いと思う。プロとして失格だって言われたら、何も言い返せない。だって、仕事を放り出したことは事実だもん。弁解のしようがないし、間違ったことをしたかもしれない。
 だけど、今だってあの時と同じ状況になったら、やっぱり私はナルを選ぶよ。例え、ナルにどんなに罵倒されたって、何度同じ選択を迫られたって、私はナルを選ぶ。
 ナルしか私は選べられない。他なんてないの。
 だって、ナルしかいないもん・・・他の人じゃナルの代わりにはなれないんだもん・・・ナルが居なくなちゃったら、どうしていいのか判らないし、もうやなんだもん。
 誰かを・・・大切な人が、細い煙になって、私が簡単に抱えられるぐらいの、小さな箱に収まっちゃうのを、見るのヤなんだもん」
 ぎゅっと胸に顔を押しつけながら胸の奥に潜むしこりを吐き出すように呟く。
 長く・・・長く・・・息を吐き出すと、漸く落ち着いたのか、顔を上げた時麻衣はいつもと変わらない朗らかな笑みを浮かべていた。
「だから、元気でいつもと何も変わらないナルを見て、和んでいたの。
 帰って来るなり、電気をつけるのことさえ面倒くさっがって、一分一秒でも無駄にする時間はないと言わんばかりに、本を読み出したり仕事をし出すナルを見て、やっといつもの日常が戻ってきたんだなぁっていうのを噛みしめていたの! そんだけなの、あんだーすたん?」
 ふざけた発音で誤魔化したつもりなのだろうか。そそくさと立ち上がろうとする麻衣を再び抱え込むと、その鳶色の双眸をナルは真上から見下ろす。
 揶揄るわけでもなく、苛立っているわけでもなく、いつもと同じ変わらない凪いだ瞳を見ることで、麻衣は自然とその瞳をじっと見つめ返す。
 ナルは鳶色の双眸を見下ろしながら、軽く息を吐くとゆっくりと話し始めた。
「病室で麻衣に言ったことは間違っているとは思わない。
 お前は、僕よりも依頼人のことを考えるべきだった」
 ナルの口から漏れた言葉に、麻衣は目を細め自分を落ち着かせるかのように細く息を吐く。
 判っていても改めて言われるとチクンと胸の奥が痛む。
「判っている。
 ナルなら・・・責任ある立場の所長から見たら、そう言うの当然だから・・・私が子供なだけだから、切り分けられない自分が・・・・・」
 言いかける麻衣の言葉を止めるように、ナルの指がそっと麻衣の唇に触れる。
 まるで、自分を責める必要もないと言わんばかりに言葉を封じられ、麻衣はナルを不思議そうに見上げる。
 いったい何を言うつもりなのか、続けられるはずの言葉を待つ。
「あの時、仕事に対する考え方について言ったことは今も同じ意見だ。
 それは、きっと僕もお前も変わらないだろう。
 性格を変えられないように。
 だが、すまなかった」
 唐突に告げられる言葉に麻衣の瞳が見開かれる。
 なぜ、ナルが謝るのかが判らなくて。
 謝るとすれば、自分の方だ。
 ナルは何も間違ったことは言っていない。
 痛いぐらい正論を言ってくれたのだから。
 痛くて痛くて、泣きたくなるぐらいに痛いぐらいに、正論を言ったのはナルだ。
 なのに、なぜ謝るのだろう。
「お前の前では倒れるべきではなかった」
 唇を触れていた指先が縁をなぞるように触れていき、頬を掌が包み込む。
 心配をかけたと言って謝るのではなく、倒れたことについて謝るナルに、麻衣はくしゃりと顔を歪める。
「じゃぁ・・・どこでなら、倒れていいって言うのよぉ」
 ナルが倒れた時だって泣くことはなかった。
 目覚めを待っている時だって、ナルと言い合いをした時だって、涙は例え滲んだとしても、視界が潤んだとしても、頬を流れるような涙は流さなかった。
 だが、もう溢れてくる涙を止められい。
 後から、後から涙が溢れて頬を伝い流れる。
 頬を包んでいた手が涙を拭ってくれるが、それでも後から後から頬を濡らし、ナルの手を濡らしていく。
「倒れるべきでは、なかった」
 麻衣はそんなことを言って貰いたいわけではなかった。
 我慢をして、後でより酷くなる方が堪えられない。
「む・・・無理して、いきなり過労死されるぐらいだったら、目の前で大の字になって倒れられた方が、百倍もマシだよ!
 ぜ、絶対にやだからね! その若さで過労死とか、突然死だなんて理由で見送るのやだかんね!
 絶対に葬式になんて出てやらないんだから。
 埋葬する時だって、絶対に行かないんだから!
 す、すぐにナルよりももっと素敵な人探して、ナルの事なんて、きれいに忘れて、し・・・幸せになってやるんだからぁっ!!」
「どもりながら宣言するようなことか?」
 真実味がゼロだと言わんばかりのナルに、麻衣はぷぃっと頬を膨らませながらそっぽを向く。
「そもそも、お前が僕のことを忘れられるのか?」
 だが顔を反らしたとしても、両頬を掌で包み込まれ、無理矢理目を合わせられる。
「わ・・・忘れる! 絶対にこんな薄情な男の事なんて綺麗さっぱり見事に忘れてやるんだから!」
「そんな、薄情な男に惚れたのはお前だろう?」
 麻衣の言葉なんて聞いていませんと言わんばかりの、ナルの態度に麻衣の方がなぜか真っ赤になる。
「忘れられるのか?」
 いくら忘れてやると叫んだとしても、露ほどにも信じていないナルに、さらに言いつのったとしても無駄なあがきだと言わんばかりにのナルに、麻衣は勢いよく言い放つ。
 先の言葉とは正反対の言葉を。
「わ・・・忘れられるわけないでしょ! あんたみたいなナルシスト世界中探したっているわけないじゃない!
 ナルみたいに・・・ナルみたいに・・・仕事バカで、うぬぼれ屋で、自意識過剰で、ゴーイング・マイ・ウェイな人間、どこにもいないよ! こんな人間忘れられるわけないでしょ?
 私を置いて逝ったりしたら後悔するんだから! 心残りで、心残りで、成仏できなくしてやるんだから!!
 でもって、ナルに見せつけてやる。ナルの代わりに研究して、ナルの代わりにナルの大好きな仕事をして、ナルが出来ないことをみんな私がやってやる!!」
 支離滅裂なまでに意見をひっくり返して叫ぶのだが、それは、亡き人の遺志を継ぐと言わないだろうか?
 だが、麻衣にとってそれはナルに見せつけると言うことになるのだろう。
 ポカポカと力の抜けた握り拳で、胸を叩きながら、麻衣は真っ赤になった目でナルを睨み付ける。
「未練たらたらで、中有を彷徨っていればいいんだから。
 絶対に成仏なんてさせてやらないんだから。だから・・・だから・・・・・・・・」
 どもりながら文句を言い続ける麻衣の頬にナルは苦笑を浮かべながら口づけ、目元にもそっと唇を寄せる。
「不安にさせて悪かった」
 珍しくすんなりと口にされた言葉に、麻衣は涙を堪えようとするが無駄なことで、小さな子供のように顔を歪ませると、ナルにしがみついて声を上げて泣く。
「こ・・・怖かったんだから・・・ほ、本当に・・・本当に、怖かったんだからぁぁぁ」
 小さな子供をあやすように、背中をポンポンと叩きながら、何度も口づけを降らせる。
 額に、頬に、瞼に、唇に。啄むような口づけを何度も何度も繰り返す。
 それでも、麻衣の涙は止まらない。
 壊れた蛇口のようにその双眸からは透明な雫が流れ頬を伝う。
「ナルなんて嫌いなんだからぁ・・・」
「そう」
「人に心配ばっかりかけて、いつもいつも、不安にさせて・・・きら    
 最後の一言はナルの中に消える。
 ヒンヤリとさえ感じる唇がそっと、言葉を封じるように唇に触れたかと思うと、次の瞬間には深く重ね合わされる。
 長いのか短いのか判らない。
 ただ、全ての感覚が遠くなってゆき、今を認識することが出来なくなっていく。。
 絡まめられるのは舌だけではなく意識そのものかもしれない。
「キ・・・キスで、誤魔化すなぁ・・・・・」
 僅かに唇が離れると、上がった呼吸を整えることもせず、麻衣がぼやく。
 色気も何もない言葉だが、潤んだ双眸といい、濡れて太陽の残光に輝く唇といい、自分を惑わすだけの色香だけはすでに漂っている。
 ナルは濡れて喘ぐように空気を吸い込んでいる唇に親指を這わすと、ニヤリと口角を歪めて、麻衣の双眸をのぞき込むように顔を近寄らせる。
「キスだけとは限らないが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅえ・・・・・・・・・・・・・・・?」
 キスだけで十分です。という言葉は当然ナルにムシされる。
 引きつる麻衣に構うことなく、指を服の下に潜ませる。
 いくら空調が効いているとはいえ、真夏に密着をしていれば当然、汗が滲み出て来るというもの。
 ナルが触れた肌もそっと汗がにじみ出していた。
 といっても、夏の暑さで滲み出ているのか、羞恥で体温が上昇し汗をかいているのか、それとも別の理由で汗が滲み出来ているのかまでは、判断が付かないが、ナルから見ればどうでもいいことだった。
 後で、シャワーを浴びれば済むことなのだから。














終話へ続く